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種子は希望 

 投稿者:同人α編集部  投稿日:2016年 6月 6日(月)08時23分9秒
  岩波書店『図書』 2016.6    楊 逸

 一人で無人島に行かされることになった。ものは以ドのうち、何か一つしか持っていく
ことができないとしたら、あなたは何を選びますか? ―― 本、お金、道具、食料。の
ような四肢択一という問題。
 これは、以前お勤めしていたとき、社員の定期研修で出された性格診断のテス
トだ。「馬鹿げている」と鼻であしらったものの、すぐ性格が僻んでいるのではないかと
自己診断して不安になってしまった……
 無人島物語を語るなら、小さい頃小説「ロビンソン漂流記」を読んだし、学校で大航海
時代の歴史も勉強した。海や空が隔てた向こうに宝が転がるような陸地があると信じたヨ
ーロッパの航海家の先駆たちは、きっと道具や食料、武器、薬、たぶんお金や書物も、何
でも財力のかぎりに周到に準備されてから出発したに違いない。それでも途中でいろんな
事情によって様々の無人島にうち上げられ、サバイバルの末、命を落とした人が多くいた
ようだ。
 人間が住んでおらず、灼熱の太陽と茂る植物が横行する島。異常な孤独好きだからかそ
の響きになぜか、憧れてしまう。だがもう火星に移住ずることを企む時代。人に知られて
いない無人島なんてこの地球上に未だにあるかどうかに首を傾げてしまう。ふと、古代に
日中の間で起きた話を思い起こした。
 それは、大航海時代から遡ることおよそ一六〇〇年、中国は秦の始皇帝時代で、主役は
徐福。いわゆる不老不死の薬を探しに、海を出て「東方の三神山」を尋ねることから始ま
った物語だ。
 蓬莱、方丈、瀛州――神や仙人が住む三つの山。東の海に浮かんでいて、不老不死の薬
がたくさんあるという言い伝えで、東方こ三神山と呼ばれていた。これが明確に今の日本
の島々を指していたかどうか定かではないが、徐福という方士が、始皇帝の命を受けて仙
薬を探すため、三度海に出て、最終的にたどり着いたのは日本の九州だったとも言われて
いる。二度目の航海から戻った徐福は、「神に会い、薬の取引条件について直談判した」
のだと報告した。司馬遷の「史記・淮南衡山列伝」に、彼が如何にして始皇帝を欺いたか
という記述がある。
――臣見海中大神、言曰「汝西皇之使邪?」臣答曰「然。」「汝何求?」曰「願請延年益
寿薬。」神曰「汝秦王之礼薄、得観而不得取。」即従臣東南至蓬莱山、見芝成宮闕、有使
者銅色而龍形、光上照天。於是臣再拝問曰「宜何資以献?」海神日「以令名男子若振女与
百工之事、即得之矣」
 要約すれば、海の中の神に会った徐福は、長寿薬がほしいと申し出ると、始皇帝からの
プレゼントが不充分で、薬を上げるわけにはいかず、見せるだけならできると言われて、
霊芝(不老不死効果のある薬草)でできた宮殿に連れていかれ、龍のような体をし、銅色
に輝くというような仕え者もいた。圧倒された。そこで再度ずうずうしくごどのくらいの
価値のものを差し上げれば良いのでしょうか?」と徐福が訊ねた。――良家出身の男子女
子と、各業の職人を連れてくれば、薬をやってもよい、と。
――秦皇帝大説、遣振男女三千人、資之五穀種々百行而行。
 大してウマい嘘をつかれたわけではなかった。だが不老不死になりたい一心の始皇帝は、
いとも簡単に引っかかってしまい、「神」に求められた良家出身の童男童女三千人と、各
業種の職人のほか、五穀や様々な農作物の種子なども、おまけつきで徐福に持たせて、海
に送り出した。結果は、いうまでもなかろう。徐福が二度と大陸に戻ることはなかった。
 まだ縄文時代から弥生時代への過渡期にあった日本列島。なんとなくのどかで、原始的
な風景が私の目に浮かんだが、文明が進むも、戦乱が絶えない中国大陸に比べ、華麗な宮
殿も酒池肉林のような贅を尽くす美食もなければ、国や王、戦乱や殺戮もなく、平和な楽
園のように、徐福の目に映ったのかもしれない。
 自分の理想の国を築けるのではと、新天地を発見した徐福は、そう閃き、続いて野心が
蠢いただろう。日本沿海に、「徐福の上陸地」という跡地が複数あるのは、日本上陸した
のは一度だけでないことを物語っているように思えてしまう。つまり、始皇帝から人材物
資を騙し取るまでに、日本列島を歩き回り、神あるいは敵がいるかどうか、どんな人がど
のくらい住んでいるのか、農耕可能な上地はいかほどあるかなどについて調査し、「国づ
くり」の計画や見積もりをしたと推測が広がる。
 徐福一行を見た弥生人は、おそらく敵意識を示さず、友好的で、あるいは喜んで歓迎し
たのかもしれない。というのは、始皇帝に「人と物」を求めた徐福のリストに、武器や兵
士はなかったのが、一つの裏付けになるではないか。それに、「童男童女」とくれば、土
地を開拓し、農耕をするのには、大陸の従来の、家庭を最小単泣とする農作業スタイルを、
そのまま新人地でも実行させようと、生育によって自らの勢力を強めようという彼の「ビ
ジョン」も見え隠れする。
 弥生時代については稲作の技術を持つ集団が列島の外から北部に九州に移住したことに
よって始まったといわれる。稲作技術を持つ外来の集団とは、徐福一行だろうか。
 昨年の夏、九州地方を訪れてみた。筑紫平野から佐賀平野へと駆け抜ける電車の中で、
外を眺めながら、脳裏でなんとなく景色を紀元前三世紀に戻そうと努めた。
 佐賀県の吉野ヶ里公園駅で下車し、弥生時代の遺跡に歩いて向かう。真夏の真昼、陽差
しが炙った大地はもう加熱した土鍋のように干上がっていた。畑を縫うように伸びる細い
道の先は、古の環濠集落が広がる。復元されたものなのだけれど、いわゆる竪穴式の住居、
糧食の貯蔵庫、中心の広場、食事処の囲炉裏など、ところどころに人形も配置して、古の
暮らしが再現されている。この地で出土した、当時の生活や生産に使った品々も展示され
ている。石器、土器、青銅器、鉄器、種類が様々あるうえ、銅鐸に描かれた精緻な絵から、
文化的空気も伝わってくる。
 発掘と復元のほか、遺跡と駅の間に広がる畑にも、古から息づいてきたものがあるよう
に感じられた。稲田と大豆の畑だった。集落を囲むように広がる農地。二OOO年前と同
じだったのだろう。
 稲作を教えるという伝説が列島のあちこちに散らばっているという徐福とその一行は、
この地でどんな生涯を遂げただろうか。――数十年、あるいは百年も長生きしたにしろ、
二OOO年の中ではほんの一瞬でしかない。時間を前にして人生を考えるなんて虚しくな
ってしまうが、同じ月日を経た稲の種子は、今日世界一のブランドになった。――日本の
米、その美味しさと言ったら、日本人でない私でも、一週間も食べないと、落ち着かなく
なるほどで、無人島に絶対に持っていきたいものである。
 散々道を迷って、また原点、無人島の話に戻ってきた。もし無人島が今も本当にどこか
に存在し、そのうえ、アンラッキーなことに私が、一人で何かもの一つしか持っていかな
ければならないような状況になったらと、もう一度考えてみる。――種子、そう、人や文
化を育む種子よりほかなかろう。農耕文化が衰えた今振り返っても、種子がやはり文明の
原点であることに気がつく。無人島へ行って種子を蒔いておけば、希望へと成長し、やが
て収穫期を迎えるだろう。
                                                            (ヤン イー・作家)

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反権力雑誌『週刊金曜日』の悲惨な内幕

 投稿者:同人α編集部  投稿日:2015年12月11日(金)17時31分31秒
編集済
  『新潮45』2000年12月号
「私が見た反権力雑誌『週刊金曜日』の悲惨な内幕」西野浩史著 より




(途中から引用)
……
「リベラル戦士、リベラルに死す」
セクハラ問題で社内がゴタゴタした三カ月の間に、デスクや社員の退社、編集委員の降板
が相次ぎ、編集部はガタガタした。三月三一日号を最後に井上ひさし氏が編集委員を降り、
次の四月七日号から落合恵子氏が新メンバーになった。井上氏は平田オリザ氏を聞き手に
演劇論を語った(九四年十一月四日号)のがほとんど唯一の登場だった。
本多氏は四月七日号の編集後記で井上氏降板について「超多忙」で「去年の暮れから辞意
をお聞きしていた」と簡単に触れた。だが、井上氏が辞めたのは別の事情による。
本多氏が自分のコラムで大江健三郎氏を批判したのが原因なのだ。九四年の十二月二日号
から三号続けて本多氏は「大江健三郎の人生」というテーマを扱った。かねてからこの二
人は対立しており、本多氏は「貧困なる精神」で三号令わせて計十六ページという破格の
紙数を割いて取り上げた。この結果、井上氏が「去年の暮れから辞意」を漏らし始めたの
だ。
井上氏の最後の降板通告は郵便書留で会社のMデスク宛てに送られてきた。そこには、本
多氏とも大江氏とも友人である井上氏が、その狭間で身動きがとれなくなったことを述べ
ていた。また、友人である大江氏を批判する雑誌に関わることに二の足を踏むくだりもあ
った。間接的な本多氏への抗議だと読める。ただ、読者への責任についての記述はなかっ
た。
井上氏の降板後、すでに退社を決めていたMデスクも去った。どんな人とも同じ目線で語
る実直な人柄や本多氏らに諌言すべき時はする熱い心を持つ人柄が社内で抜群の信頼を集
めていた。Mデスクが退社すると、本多氏らの独善をたしなめることのできる人がいなく
なると思った。
Mデスクの退社に際して回ってきた色紙に私はこう書いた。「リベラル戦士、リベラルに
死す。金曜日に欠かせない人が退社せざるをえない現状への怒りを私は持ちつづけます。
いずれすべてを公にしますので、どうぞお楽しみに」
この時は「公にする」と本気で思っていたわけではない。ところが……。
連休合間の五月二日、私は本多氏に呼び出され、会社近くの喫茶店で、色紙に書いた文章
の意図を聞かれた。本多氏は手帳を開き、私の文章を読み上げる。本多氏自身は色紙を見
ていないのに、私の文章を知っている。告げ口のルートがあるのだ。
本多氏は色紙の言葉を社員への挑発と決めつけ、私を責めたてる。Mデスクヘの贈る言葉
なのに、社員を挑発してどうするというのだろう。
本多氏はもう一つ言いがかりをつけてきた。「『リベラルに』といつも言う人(Mデスク)
に、『木村愛二の原稿を載せるな』と言われた。編集長が副編集長に折れることがリベラ
ルなのか」
というのだ。
これは簡単な説明が必要だろう。前年、医師の西岡昌紀氏が「アウシュビッツまぼろし説」
の原稿を編集部員に軒並み郵送してきたことがある。私はタイトルを見ただけでごみ箱に
突っ込んだ。しかし、本多氏は大いに興味を抱いた。西岡氏の集会に「編集長代理」とし
ての出席をMデスクに求めたほどだ。木村原稿は西岡原稿と同じ「ナチのガス室はなかっ
た」という論調だった。
木村原稿を掲載しないよう、Mデスクが本多氏に強く主張したのは、適切な判断だった。
しばらくして西岡氏の寄稿が原因で『マルコポーロ』が廃刊に追い込まれた際、そのこと
を知った本多氏は編集部内でMデスクの方を見て「助かった」と漏らしている。この件で
はMデスクは本多氏にとって〃恩人〃なのだ。逆恨みしては罰が当たる。Mデスクの退社
後、さらに社員二人が退職を申し出た。本多氏は「嫌なら辞めてくれていい」と公言して
はばからない。創刊から二年も経たないうちに、二〇人弱の社員のうち、解雇も含めると、
なんと半数が退社していた。
ある時、本多氏にまた誘われて会社の近くの喫茶店に行った。朝日新聞の一線記者募集を
受けてみてはどうかと勧めてくる。
「黒川さんを編集長にと考えている。あれだけ(黒川氏と)ぶつかったら大変でしょ。あ
らゆる権限が彼のところに行くのだから。こんな小さな会社だと配置換えもできないし」
と本音を漏らした。
しかし私は受験しなかった。本多氏はある社員に、「西野さんにそれとなく退社を勧めた
けれど、(こちらの意図を)理解できなかったようだ」と言っている。社長兼編集長の権
限を持つ人間が他社の受験を勧めるのは尋常ではない。しかし、本多氏はそうは思ってい
ないようだ。後日、本多氏はある編集部員に声をかけ、私に朝日受験を勧めたことの是非
を聞いた。部員が疑義を呈したところ、驚く本多氏。
「本多さんが自分は正しいと思っているのと同じくらい、私も自分が正しいと思っていま
す」と言い切った部員に、本多氏は反論できなかった。

「弱者の味方」の本性とは
二度目の契約更新の秋、定期購読は二万八〇〇〇部と、少し減らした。書店販売を含めて
計三万二〇〇〇部。思うように部数が伸びないまま、九五年十一月から三年目に入った。
本多氏はといえば、労組や私を激しく攻撃するようになった。例えば十二月六日、社内問
題を話し合う会議が開かれた際、新入社員の〃歓迎会〃に労組員が誰も参加しなかったこ
とを非難した。幹事役の編集部員が飲み会を開くという趣旨の文書を回覧したので、歓迎
会は別途実施すると思って参加しなかったにすぎない。しかし、いくら説明しても聞く耳
を持たない。
業務部長は労組の過半数割れを持ち出した。このころ社員(労組員)が相次いで二人辞め、
中途入社の社員には本多氏らが労組と対立している趣旨のことを話していたせいか、労組
に距離を置く人もいた。労組は少数派になっていた。だが、陰で激励してくれる社員が何
人もいたので、私は「いずれ半数を超えます」と胸を張った。
すると本多氏は血相を変えた。
「過半数になったら会社を転覆させる気か」
凝り固まった先入観をどうほぐせばいいのだろう。
本多氏は本当に弱者の立場に立つ人なのか、と疑問を抱く出来事もあった。
『週刊金曜日』九五年六月三〇日号の「絵筆に託して──〃従軍慰安婦〃にされたハルモ
ニの思い」という記事の中の、「何処か知らない世界に連れていかれる直前の一人の朝鮮
の乙女の心情を、あたかも牛が屠殺場に連れていかれる直前の眼の光に似せた」
という部分が屠場労組から指摘を受け、話し合いを続けていた。
私の在職中、何度も話し合われたが、本多氏は一度も出席していない。これから社内で話
し合いが開かれることを知りながら会社を出ていく本多氏や業務部長に、社内では「逃げ
ている」という声が上がることもあった。本多氏が「いつまでそんなことを」と吐き捨て
るように言ったのを、私は間近で聞いたことがある。
九六年に入った。いつからか本多氏の言葉に私への敵意と憎しみが明確に見えるようにな
っていた。団体交渉の議題を記した書類を渡すと、「会社をつぶさないでね」「あなただ
けが会社をつぶそうとしている」と 言う。沖縄のニュースを知るために『琉球新報』を
読んでいたら、「やはり仕事もせず新聞を読んでいる」とくる。労組の三代目委員長を私
が引き受けることになり、その挨拶状を手渡せば、「忙しくなるね。陰で牛耳るよりはい
い」と言い放つ。
十二月二日、本多氏は最終攻撃に踏み切った。社員に配付した「全社員の皆さんへ」と題
する文章がそれだ。小さな活字でびっしり書かれたB5の用紙は計二四枚。四〇〇字詰原
稿用紙に換算すると八〇枚を超えるだろう。
非常にユニークで面白い本多文書からごく一部を紹介しよう。
本多氏は、「貧困なる精神」の連載が中断しているのは「『週刊金曜日』の存亡にかかわ
る」ことであるとし、中断の理由として私の名を挙げる。そして黒川氏の朝日新聞時代の
経歴を紹介したあと、「そういう実績があり、かつ著書もあるような大ジャーナリストの
黒川氏に対して、西野君にどんな実績があるのでしょうか」
と続けた。また、私や労組の言動を挙げ、「こういうことを日常的にやられているのでは、
ライターとしての私の神経がとてももたないのです。それで『貧困なる精神』は連載がで
きなくなりました」
文書には、Mデスクヘの中傷も書かれている。M氏がデスクとして関わった「宮本顕治論」
(九四年八月二六日号、筆者・菅孝行氏)や「拉致された坂本弁護士の周辺にただよう権
力介在の疑惑」(九五年二月二四日号と三月三日号、筆者・池田昭氏)に関して、一方的
になじった。だが、本多氏は意図的に自身に不利な事実を隠している上、日付や出来事の
前後関係なども滅茶苦茶で、およそまともなジャーナリストが書くような内容ではない。
この文書が出た後、アルバイトの人から思いがけない激励を受けた。私は表向きは元気に
振る舞っていたが、孤立感を時々味わってもいたので、本多氏の言動を冷静に見る目が少
数だが健在であることを知り、心強いと思った。と同時に、自分に好都合な事実のつまみ
食いや偏った表現で成り立つ本多文書を放っておいてはいけないとも思った。私ばかりか、
すでに退社したMデスクにまで、事実を歪めて悪口雑言を浴びせているのだ。
九七年に入って、私は本多文書に対する反論を三度書き、社員に配付した。その中で、お
びただしい誤りや悪意を指摘し、Mデスクの名誉回復を求めた。しかし、本多氏は一片の
訂正を社員に配っただけで、社員会議では、
「日付の間違いは本質に関係ない。Mデスクの部分は削除してもいい。あれは(西野問題
の)対策を相談するために書いたものであって、ルポでも記事でもない」
と恐ろしいことを言う。
ルポでも記事でもない?だったらウソを並べでいいのだろうか。名誉を傷つけていいのだ
ろうか。「削除」すれば済む問題なのだろうか。人間として恥ずかしくないのだろうか。
かつて愛読した本多氏の著書にも疑問を抱かざるを得なくなった。
本多文書は最後にこんな〃提案〃をしている。「もし『読者への責任』という点で私や黒
川氏なしでも社員の皆さんが西野君と共にこの雑誌を継続かつ発展させることができるな
らば、私は編集委員も社長も編集長も直ちにやめようと思います。つまり私が一切手を引
いた後の具体的な体制を西野君を抱えたかたちで示して下さい」「しかしそれができない
で、かつ西野君を今のような状況のままかかえていくことは、私の力と神経ではもうでき
ない」
本多を取るか西野を取るかと社長兼編集長が社員に迫ったのである。

退社
さらに一月一四日、社員会議で本多氏は、「社員の多くがこの人物を容認するのなら、私
は重大な決意をしなければならない」
と述べ、社員一人ひとりに意見を求める愚行に出た。私への批判を述べない人には西野シ
ンパと一方的にレッテルを張る本多氏だから、これは踏み絵そのものである。本多氏支持
を強く打ち出す新入りの松尾信之デスク(現在、めでたく取締役編集長)のような人物も
いたが、本多氏の期待に反して「この状態はやむを得ない」という意見が半数近く出た。
とはいえ、私と本多氏の対立に全社員を巻き込むのは私の本意ではない。社員の口から私
の退社を求める発言をさせようとしたり、私のシンハか否かで社員を敵味方に強引に分け
る本多氏に、私は心身ともに疲れ果てた。
そのせいか、まさかと思うような仕事上の失敗を犯すようになっていた。夜中には足の裏
がかゆくなった。身体に変調をきたす社員はほかにも数人いた。これが私にもやってきた
ようだった。読者への責任を考える余裕はすっかり失った。
目の前で本多氏のでたらめぶりを見ると、これでは普通のジャーナリズムさえできないと
確信せざるを得ない。これ以上閉わると、身も心も腐敗する。
踏み絵の三日後、私は退社の意思を上司の松尾デスクに告げる。そそくさと受理され、九
七年三月三一日付で私は退社した。私の退社に前後して、中途入社していた編集部員が二
人辞めた。
社員が辞めていくことに対して黒川氏は「権力抗争に敗れたからだ」とある社員に語った
ことがある。本多氏が「西野とKデスクを追い出す」と社員の一人に語っていたことを私
は退社後知る。ここでようやく、「権力抗争」と「追い出し」がすべてを解くキーワード
だと私は気づく。気に食わない者にはマイナスイメージを植えつけて孤立させる。あるい
は先入観で話を曲解し、ほかに意図があるかのように邪推する。自分の主張や正当性を守
るためには事実をゆがめ、他人を傷つけても平気な人がいることを身をもって知った。私
には想像もつかない世界だった。


「日本のマスコミ(情報商売)が、政治と比例してますます堕落している昨今の風景を、
皆さんも痛感しておられるでしょう。かれらに自浄能力を期待するなど、ブタにウグイス
の囀りをさせる努力のようなもの。重大化する時局の中、真のジャーナリズムが欠落した
日本で孤軍奮闘する『週刊金曜日』を応援して下さい。本多勝一」
という広告が今年の五月二六日付『毎日新聞』朝刊に掲載された。六月二日付『朝日新聞』
朝刊に出た広告には椎名氏が、「この雑誌には強烈な牙があります」と、書いた。牙?社
員に向けられたアレのことだろうか。それなら確かにあったが…。
人の評価は棺を蓋ってから定まると言われる。この考え方でいくと、現存する『週刊金曜
日』について評価を下すのはまだ早いのかも知れない。しかし、編集委員の名前で読者を
集めたにもかかわらずその関わり方の稀薄さに鑑みると、これだけは言える。
『週刊金曜日』は詐欺である。そして自分が正義だと信じて疑わない、独善的な雑誌であ
る、と。
駆け足ながら見聞の一端を刻んだのは、かつて『週刊金曜日』に期待し、お金を払ってく
れた人たちに、金曜日が抱える問題点や体質を説明する義務があると思うからだ。これで
いくらかの事実を伝えられたとすれぱ、読者への責任をわずかだが果たしたかと思う。
昨年、『買ってはいけない』が二〇〇万部近く売れた。社内はわき、担当編集部員は取締
役編集長代理に〃出世〃した。社内ではこの本を批判できる雰囲気はなかったようだ。
私が当事者なら、日垣隆氏らが指摘した誤りや偏りに深く恥じ入り、責任を取って辞める
だ ろうし、いち早く絶版にする。しかし、株式会社金曜日はそう考えなかったようだ。
ここに私はジャーナリズム感覚の致命的欠如を見る。誤りの多さと事実のつまみ食いで一
方的に私やMデスクの名誉を汚したにもかかわらず開き直った本多氏の体質そのものであ
る。
株式会社金曜日は現在、本多氏が代表取締役兼編集委員、黒川氏は代表取締役社長である。
社長兼編集長を降りた本多氏は企画会議に出たり出なかったり、だ。
部数の長期低落傾向は止められず、定期購読は約二万五〇〇〇部。創刊時の半分だ。書店
販売を拡大したものの伸び悩み、合計しても三万二〇〇〇部ほど。創刊時に五万人もの読
者が期待した新しい何かは未だに生まれていない。なぜなのか、特に編集委員は胸に手を
当てて内省したほうがいい。
「真のジャーナリズム」という言葉を臆面もなく使える神経と、自身が「真のジャーナリ
ズム」だと信じて疑わない〃大本営的体質〃こそ、定期購読以外の大多数の人々の心に本
多氏らの言葉が届かない最大の原因だが、彼らが理解することは永遠にあるまい。これを
「裸の王様」と言わずして何というのだろう。
(にしのひろふみ・元『週刊金曜日』編集者、ジャーナリスト)

※ 二次出典元 http://www.asyura.com/sora/bd11/msg/823.html

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2015.11 呉善花教授 岡山講演

 投稿者:同人α編集部  投稿日:2015年11月28日(土)10時35分52秒
  2015.11.21 産経新聞
「韓国は人間関係を国家関係にあてはめて甘えている」
「日本人は自信を持って」
呉善花教授 岡山講演

 岡山学芸館高校の保護者らを対象にした「親学講座」の第70回記念講演が21日、岡
山市東区西大寺上の西大寺緑花公園・百花プラザであり、拓殖大国際学部の呉善花(オ・
ソンファ)教授が「韓国人はなぜ日本を嫌うのか」をテーマに講演した。呉氏は「両国民
の人間関係の“距離感”の違い」などを解説し、問題点を指摘した。

「韓国では親しい間に礼儀はない」
 呉氏は「韓国が反日感情を抑えないのは、歴史認識でなく、文化や価値観の違いの積み
重ねがある」と述べ、自身の体験や韓流ブームのとらえ方を交え、文化や習慣による感じ
方の差異を説明した。
 この中で、「韓国では親しい間に礼儀はない。日本では世話になったら『ありがとう』
と言うが、韓国ではそれを冷たく感じる」と紹介し、「韓国が経済的に困っていて、日本
に友情があるなら、助けて当然と考えている」と解説。両国の現状について「韓国は人間
関係を国家関係にあてはめて、甘えている」と指摘した。
「韓国は事実を教えていない」
 また、日本の統治時代の人口や識字率、米の生産量の推移などのデータを提示し、「(韓
国で教育しているように)虐殺や略奪があったはずがない。韓国は事実を教えていない」
と強調。事実の検証の重要性を指摘した上で「日本人が自信を持って主張していくことで、
両国の関係がよくなる日が来ると確信を持っています」と語った。



【呉善花拓殖大教授・講演詳報】2015.11.27- 産経新聞

(1)「韓国は甘えている」「日本人は自信持ち主張を」「韓流ドラマに価値観の違い」
岡山市東区西大寺上の西大寺緑花公園・百花プラザで今月21日行われた拓殖大国際学
部の呉善花(オ・ソンファ)教授の講演「韓国人はなぜ日本を嫌うのか」の主な内容は次
の通り。

 最初に呉教授は日韓の間にある“深い溝”について、聴衆に語りかけた。

 「来日して30年がたちました。韓国人が日本にいて、なかなかなおらないものがあり
ます。発音の濁音と敬語の使い方です。濁音はなかなか直らない。敬語は日本では『ウチ
の社長は…』と言いますが、韓国では『ウチの社長様(さま)は…』と身内に敬語をつか
います。日本のように『社長は…』と言うと、韓国人は『この人は自分の社長を軽(けい)
蔑(べつ)しているか』と感じるのです。言葉の問題でも文化、価値観の違いがたくさん
あるのです。(戦争の賠償でも)1965年に日韓基本条約で賠償金については解決した
ものの、韓国の反日感情は収まらない。『日本は何かをしなければ』と感じる。それは歴
史認識だけでなく、両国の間に考え方、価値観の小さな違いの積み重ねがあるためです。
このままでは、いくら話し合っても解決はしない」。

 日韓の価値観、美意識の違いを説明するため、呉教授は「韓流ドラマ」を例に解説した。

 「日本で韓流が人気になった最初は何でしょうか。『冬のソナタ』ですね。日本では
無くなった姿、そして何よりもヨン様、ペ・ヨンジュンが大人気になりましたね。でも韓
国人にはヨン様の魅力がわからないのです。日本人に受ける男性像が違います。韓国では、
もっとがっちりした男性が好まれます。日本の女性はヨン様のように間の抜けたような男
性を、守ってあげたいというか、コントロールしたいのでしょうか。女性が強い社会、母
性、母系社会ですね。日本のように『カカア天下』に相当する言葉は韓国の儒教社会では
ありえない。日本では天照大神や木花咲耶姫のように女神の多い国です。政治家が新年に
女神を拝みに伊勢へ行く国です。韓国では国をあげて拝むような女神はありません。韓国
人にとって日本社会はわかりにくい社会で、表面だけは似ているが、日本の深い精神性は
理解できていない。反日以前に、深いところで分かち合えない価値観の違いを理解せずに、
『日本の統治が悪い』だけでは解決しないことを理解しないといけない」

 呉教授は自らが受けた“反日教育”についても言及し、日本人のありようについて問い
かけた。


 「私も反日教育を受けた世代です。『日本人は野蛮人』と教えられました。しかし、日
本に来ると、思いやりがあり、親切で貧富の格差も少ない。自然が美しい。治安が世界で
最もいい国で平和ボケしている。だが、実際の日本人の心のあり方がつかめない、精神の
根本がつかめないため、反日感情をぶつけるのです。日本人は八百万(やおよろず)の神
々を信仰を尊んでいます。ヨーロッパのような一神教、韓国のような儒教、朱子学の国で
は自然の神を拝むのは未開人とみます。韓国では『八百万(はっぴゃくまん)の邪鬼を追
い出せ』といいます。自然信仰のままでは、科学は発展しない。なぜ、日本は発展したの
か? 日本人に聴いても答えられない。日本人は答えをもっていない。自信を持っていな
い。価値観をはっきりさせないといけないというのは韓国人の考え。韓国人は『日本人は
おかしい』と感じる。日本人自身が日本のことをわかっていないのは問題。日本人は自信
を持たないといけない」



(2)「若者は日本の精神に飢えています」「ご飯の食べ方さえ日韓の差異」
 呉教授は「国際人」について、聴衆に問いかけた。

 「国際人とはどういう人ですか。国際人というのは『外国を理解している』『英語が話
せる』ではなく、自国(日本)の歴史や文化を語ることができる人です。外国人に『茶道
とは何か』を説明できますか、お茶をいれてあげることができますか、着物の着付けは。
日本の文化・精神のあり方を話せることは重要です。それができないと根無し草になって
しまう。日本の歴史、何を習ってきたのか。日本の若者は日本の精神性に飢えています。
大学で『日本を学ぶ講座』を開いたところ、多くの学生が目を輝かせて講義を受けていま
した。日本の文化を知り、自信をもつことが重要なのです」。

 呉教授は日本に留学した学生が、どのような感情の変化をたどるかを自らの体験を交えて話した。

 「来日1年目はいい印象を持ちます。しかし、2、3年目は日本人の考え方がわからな
くなる。そして5年目でなんとなく良くわかる。私も2、3年目で日本人がわからなくな
り、ヨーロッパへ逃げ出した。そこで貧富の格差や治安の悪さなど日本にはないものをみ
た。日本には深く、他国にはないものがある。なぜ、日本が作られたのか、ゼロから探っ
ていく気持ちになった。私は親日派、韓国では売国奴とされますが、真実は言い続ける。
いつかは通じると思い、日本のよさを伝えてゆく」。

 「それでは韓国人が留学2、3年目で、日本の何が理解できないのか。韓国人の女性ジ
ャーナリストは留学2、3年目で韓国に帰り、本を書きましたが、その内容は『日本に生
まれなくてよかった』『すべての日本人はおかしい』というもので、タイトルは『日本は
ない』。韓国でベストセラーになり、その女性は朴政権に迎えいれられました。そこに書
かれているのは習慣、価値観の違いで、日本人はおかしいとしています。例えば、文化の
違いで日本人は靴を脱いだ場合、つま先を家の外に向けて並べます。韓国では内に向けて、
脱ぎっぱなしにします。なぜなら、靴を外向けにすることは、韓国では客に対して『もう
帰れ』という意味があるのです。韓国の女性ジャーナリストは日本人の家を訪ねて際、そ
の家の母親が靴を外に向けたことに、『客に帰れというのか。屈辱を感じた』として日本
人はおかしいと言っています。危険な考えで、極めて残念です。また、ごはんの食べ方も
違います。韓国は茶碗(ちゃわん)を置いて右手だけで食べます。また混ぜて、音を立て
て食べます。日本人のように音を立てずに食べるのは、おいしくなさそうでイライラしま
す。日本人は、それとは逆でお互い抵抗のある食べ方をしているのです」。


(3)「韓国では真実を教えてはいけない」「日本が素晴らしい事をしたのを知らない」
 呉教授は文化、習慣の違いから人間関係の“距離感の違い”を指摘した。

 「習慣の違いだけでなく問題は目に見えないものがあります。それが人間関係のあり方、
距離感の置き方です。私は日本に来て友人ができた。『もっと仲良くなりたい』と常に腕
を組もうとすると、友人は微妙な表情でした。それでも組もうとすると嫌がりました。韓
国では親しくなれば、腕を組む習慣があります。腕を組むのを拒否されると、『外国人を
仲間にいれてくれないのか』と冷たく感じるのです。また、友人が部屋に招いてくれ、コ
ーヒーをいれてくれる場合があります。『おいしい』といって、友人が『いつでも飲みに
きてくれ』と答えると、韓国ではその友人が留守の時でも部屋に入って、コーヒーをいれ
て飲みます。お金に困っていて、友人だと思っていれば、部屋に小銭があれば、勝手に持
っていきます。そのようにすることで親しい人とは一体感を感じようとするのです。韓国
では親しい間に礼儀はありません。日本では世話になったら『ありがとう』と言うが、韓
国では礼を言いませんし、礼を言うことを冷たく感じる。そんな距離感の違いがあるので
す」。

 呉教授はこの“距離感の違い”に日韓関係の問題があると指摘した。

 「韓国は似た容貌(ようぼう)である日本人を同じ民族と錯覚して、自分たちと同じ距
離感、あり方をみせほしいと思う。韓国が経済的に困っているなら、日本に友情があるな
ら、助けて当然と考えている。日本の政治家が『日韓は兄弟』というと、『それなら助け
るのは当然』と感謝の気持ちはない。そして『竹島ぐらいはあきらめてほしい』と考える。
もし、竹島をあげると、『そのくらいの気持ちしかないのか』と、対馬を求める。錯覚ば
かりしている。韓国は人間関係を国家関係にあてはめて、甘えている」。

 呉教授は、日本の統治で韓国が苦しめられたという反日教育の実態にも言及。日本の統
治時代の人口や識字率、米の生産量の推移などのデータや統治下のソウルや平壌の写真を
示し、韓国で教えられている“統治下の状況”に反論し、事実の検証の重要性を述べた。


 「米の生産量や人口が増えており、人口やGDP、識字率もあがっている。日本は投資
し、インフラ整備や農地改革を行った。日本が作った学校では、日本語も朝鮮語も教えて
いる。各地の写真をみても民族衣装の人たちが多く歩いて、にぎわっている。(韓国で教
育しているように)虐殺や略奪があったはずがない。日本は収奪の内治、武力での支配を
しなかった。そうでなければ、人口も増えないでしょう。韓国では『呉善花はウソをつく』
といわれるが、私はデータを集めて分析しているのです。資料や写真を作ることはできな
い。韓国では真実を教えてはいけない。研究してもいけない。韓国人は真実を知らない。
良しも悪しもすべて知って検証していくこと、何を勉強するかは大切なことです」。

 そして、日本人の問題点についても指摘した。

 「日本人は日本が素晴らしいことしたことを知らず、自信がない。韓国や中国は『たた
けば、たたくほど謝る』と考えている。そこにギャップがある。問題は、日本人が自信を
持っていないことから始まっている。自慢するのではなく、胸を張って、日本人が自信を
持って主張していくことで、両国の関係がよくなる日が来ると確信を持っています」。

(完)

44

 

『ソーシャルメディア進化論』最終章

 投稿者:同人α編集部  投稿日:2015年11月11日(水)11時41分8秒
編集済
  バタフライ・エフェクト

 千利休は、ひとつひとつの茶会を、自分の一生にたった1度しか訪れない出会いとしてとらえ、
大切にするように指導したという。一瞬というのは貴重なもので二度と出会うことのないドラマチ
ックな出来事だとする。これが「一期一会」という言葉に込められた意味だ。私はこの言葉に日本
流のロマンを感じる。
 企業コミュニティにおいて、すべてのマーケティング施策は統合される。そこで企業は、さまざ
まな個人の活動を目の当たりにする。そのような個人のありのままの姿に触れると、その多様性を
感じないわけにはいかない。それぞれが違う状況で、違う感情を持ち、違う人生を生きている。ひ
とりひとりの顧客が人間として息づいていることを感じると、それぞれの毎日を生きるひとりひと
りの顧客との、一瞬一瞬に訪れるつながりが希有で貴重なものに思えてくる。場が鮮明になるから
つながりを感じるのか。それともつながりを想うから鮮やかに見えるのか。大げさにいえば、それ
らの出会いは一生に二度と訪れない一期一会の奇跡である。今後、世界を包むネットワークは、さ
らに加速度を上げて私たちをつなげていく。私たちはみな、スモールワールドの住民となり、密接
につながり合うようになる。企業と顧客も双方向につながり、関係はより直接的で創造的なものに
なる。マーケティングはいまよりももっと楽しい営みとなる。
 私たちの日常にも一期一会の奇跡を見つけることができる。たとえば、あなたと私が出会う確率
はどのくらいだろうか。2人は同時に同じ地球上を生きている。こんな計算をしてみる。あなたと
私が向き合って話をしている。2人で話をするにはどれくらいのスペースが必要だろうか。ここで
は、縦2メートルと横2メートルとしてみよう。すると、面積は4平方メートルということになる。
それでは、2人が同じ場所に居合わせる確率はいかほどだろうか。地球の陸地の面積は約1億50
00万平方キロメートルだから、その確率は、だいたい40兆分の1ということになる。あなたと
私が一緒にいるという事実は、お互いにほかの場所にいたかもしれない可能性を切り捨てて存在し
ている。この確率は、もしあなたと私がお互いに昼も夜も休まず、1分に1メートルずつ動きつづ
けたとすると、約8000万年に1度だけ出会える計算となる。これは人生が80年であれば、な
んと100万回人生をくり返しておよそ1回出会えるぐらいの確率ということになる。100万回
の人生に1度。もし、お会いできたとしたら奇跡としかいいようがない数字だ。
 ほかにもこんな想像はどうだろうか。たとえば、私の父親と母親は、お互いに学生のころに知り
合ったらしい。2人を引き合わせてくれた友人がいたのだという。私はその友人にお会いしたこと
はないが、その人物がいなかったら私は生まれてはいなかったということになる。私の誕生の可否
を握っていたその友人にも両親がいて、きっとその2人を引き合わせた友人なる人物もいたことだ
ろう。意外とその人物の何気ない一言が2人の出会うきっかけとなったのかもしれない。とするな
らば、私の誕生にはその人物も大きくかかわっていることになる。ほかにもさまざまな偶然が重な
り、奇跡的な出会いの連続で私が生まれたのだと考えると、なかなかこの命も捨てたものではない
ように感じてくる。気が遠くなるほどのネットワークの連鎖を想うと、もはや誰にお礼をいったら
いいのかもわからない。このような“有る”ことが難しい一期一会の奇跡のことを、仏教では「有
り難い」と表現する。この言葉が、私たちが日常的に使っている「ありがとう」の語源となってい
る。
 世界はネットワークでできている。あなたの前に起こるさまざまな出来事は、億年を掛けた偶然
の出会いの連鎖によって生じている。あなたの人生を決定づける大きな出来事にしても、ひとつひ
とつの小さな出来事の連鎖によって引き起こされている。逆に、こう考えることもできるだろう。
あなたの何気ない行動もきっと誰かの、または何かの誕生に決定的な影響を与えているに違いない。
その力は小さく弱いものであったとしても、ネットワークを通じて大きくなり、億年に一度の奇跡
を呼び起こしているかもしれない。このことをマサチューセッツ工科大学の気象学者エドワード・
ローレンツは、「ブラジルで蝶が羽ばたくと、テキサスでトルネードが起こる」という比喩を使っ
て説明した。小さな力が複雑で広大なネットワークの効果によって、大きな力となって未来に影響
を与える。この現象をネットワーク理論の世界では「バタフライ・エフェクト」と呼ぶ。
 もしかすると、そもそも初めから世界はひとつのネットワークなのかもしれない。とするならば、
私たちはみな、そのネットワークの一員であるといえる。ネットワークがつくる一期一会の連鎖に
よる奇跡的な出来事。私たちひとりひとりが、多かれ少なかれ、そのひとつひとつの出来事に関与
している。インターネットというテクノロジーは、そうしたネットワークの姿を可ビジュアライズ
視化するものであるのかもしれない。そうした観点で俯瞰すれば、数多あるソーシャルメディアの
プロジェクトもすべて、ネットワークをとらえるための試行錯誤のように見えてくる。


スモールワールドへのパスポート

 インターネットは新しいメディアであるといわれる。ソーシャルメディアも新しいメディアだ。
ところで、このメディアという言葉は、いったいどんな意味を持っているものなのだろうか?
 メディアとは本来、テレビやラジオのようなマスメディアに限らず、人と人がコミュニケーショ
ンをとる際、その「間にあるもの」のすべてを指す言葉である。あなたと私の間にあるものはすべ
てメディアだ。その意味では、本書もメディアであるし、日本語もメディアであるし、空気だって
メディアである。メディアが変わるということは、私たちの間にあるものが変わるということ。私
たちのコミュニケーションが変わるということだ。私たちは人と人の間において初めて自分という
存在を認識する社交的な動物である。ならば、メディアが変わり、コミュニケーションが変わると
いうことは、私たち自身が変わるということだ。


武田隆(エイベック研究所 代表取締役)著『ソーシャルメディア進化論』最終章「希望ある世界」より
http://diamond.jp/go/ct/booksummary/socialmedia_chap7.pdf

41

 

批評概論-感想と意見と批評の違いについて 5(最終回)

 投稿者:同人α編集部  投稿日:2015年 8月 6日(木)10時06分29秒
   『批評概論-感想と意見と批評の違いについて』こんな記事がウェブサイトに有る。
内容は仮にも文芸同人に参加するものにとっては実に手痛い辛辣なものであるが、それだ
け的を射るものであった。

- 記 -

<目次>
最初に
1、感想とは?
2、意見とは?
3、批評とは? その1
4、批評とは? その2
5、批評と中傷の違いについて
● 最後に




●最後に

 これを読んでいて反発や苛立ちを覚えた人は心当たりがあるという事です。特に4と5
では顕著に反応が表れるでしょう。
 批評に際しては相手の助けになる事を第一に心がけましょう。そうでない限りただの自
慰行為に過ぎません。

 世の中には配慮や思いやり、人の手助けといった言葉をつまらないヒューマニズムや理
想主義の一言で片付け、深く考えずに反発する者は大勢います。しかし、意外に思われる
かもしれませんが、これらは合理主義の極地なのです。

 自己満足のために行う批評と、相手の手助けのために行う批評。
 自分の感情のままに放つ言葉と、相手の感情に配慮して放つ言葉。
 悪意的で無神経な言葉と、誠実で丁寧な言葉。
 粗探しと、改善。

 どちらがよりよい結果をもたらすか。どちらがスマートに、軋轢なく、効率的に、トラ
ブルを起こす事なく相手に届くか。
 それは考えるまでもない事でしょう。相手の事情を考えず、自分勝手に好き勝手に発言
するのはさぞかし気持ちいいでしょうが、それは所詮浅薄で非合理的な行いに過ぎないの
です。

 ただ、一方的な善意というのも押しつけがましく気持ち悪いものです。知りもしない相
手からお説教よろしくああだこうだ言われるのは迷惑でしかありません。望んでもいない
相手への安易な批評は差し控えるべきでしょう。もっとも、その辺りは批評者の品位に任
せるしかないのですが。

 結局のところ、批評における善意とは主義でも思想でも感情でもなく、あくまでスタン
スでありスタイル
なのです。何なら本当に相手の事を思いやる必要さえありません。もち
ろんそれに越した事はありませんが、過ぎた感情は時に妨げとすらなります。

 批評で最も重要なのは結果です。むしろ結果以外はどうでもいいと言うべきでしょう。
そして結果を出すためには善意も必要、ただそれだけの話です。


 もちろん、人間には思想の自由があります。善意を強要するものではありません。心の
中でなら何を考えようと個人の勝手です。

 ただし、自己完結している分においてはです。批評という他者との接触の場において、
自分勝手は許されません。それはただの害悪であり、幼稚な子供のやる事です。

 人と関わるなら、最低限のマナーやテクニックとしてでも人への配慮を行う必要がある
のです。至って当たり前の事ですが、そんな当たり前の事さえできないのなら、どう批判
されても罵声を浴びせられても何一つ文句は言えません。
 他者からの配慮を求める事ができるのは、自分もまた他者に配慮している者だけです。


 また、ここで語った批評についてはあくまでも理想的な批評であり、万人にそのレベル
を要求するものではありません。
 しかし、他人の事は批判するのに自分は意見を言わない者、批判者には他人の作ったも
のにとやかく言う資格はありません。また、悪意を持って批評まがいの事をするのは最も
卑しい行いです。

 そして何よりも忌むべきは、中途半端な気持ちで適当な批評を
する
者です。さしたる分析も思考もなく、腰掛け気分でいい加減な
感想
を投下してもただの迷惑、雑音にしかなりません。
 くれぐれもこの手の人種には成り下がらないように。
 優れた批評者が優れた作り手とは限りませんが、優れた作り手は優れた批評者であるも
のです。


 なお、もしもこの文を何かに使いたいという人がいるなら、改変などしない場合に限り
自由に再利用・再アップロードしてくださって結構です。

                                   無側迫 著

引用元 →http://ncode.syosetu.com/n4133bk/

23

 

批評概論-感想と意見と批評の違いについて 4 (後半)

 投稿者:同人α編集部  投稿日:2015年 8月 6日(木)10時00分40秒
  『批評概論-感想と意見と批評の違いについて』こんな記事がウェブサイトに有る。
内容は仮にも文芸同人に参加するものにとっては実に手痛い辛辣なものであるが、それだ
け的を射るものであった。

- 記 -

<目次>
● 最初に
1、感想とは?
2、意見とは?
3、批評とは? その1
4、批評とは? その2
5、批評と中傷の違いについて
● 最後に



 自分の方がいいものを作れる、と言うのは心のどこかでは敗北を認めているから。
 上か下かの目線しか持たないのは、自分への言い訳のため。
 主流や多数派と反対の事を言いたがるのは、自分に注目してほしいという願望の裏返し。
彼らは嘘と偽り、ごまかしでできているのです。

そんな人間にとって、批評する立場は実に居心地のいいスタンスです。そうして人を貶め
ている限りは、何のリスクもないままで優越感に浸る事ができるのですから。

普段の日常生活では抑圧されている分、安全と正当性を保証された状況では
エゴと感情のままに他者を攻撃し、快楽と安心と幼児的全能感を得ているのです。



 もちろん、こうした行いは周囲からの反感を買い非難されます。しかし、そんな時に登
場するのが批評という耳障りのいい大義名分です。

 これは批評だ、だから暴言を吐いても許されるのだ、むしろこれはお前の成長のためな
のだからありがたく傾注するがいい、という訳です。ひどい時には自分が本気で相手の役
に立っていると思い込む事さえあるようです。

 しかし、それは全て言い訳に過ぎません。少しでも他人の事を考えるなら、その相手を
傷つけ、神経を逆撫でする言葉を吐く必然性などどこにもありません。自分の欲望を誤魔
化して体面を取り繕っているだけなのです。

 自分自身からも目を背け、他人の欠点を嘲笑しては悦に入り、いざ己が批判される側に
回ると言い逃れと自己正当化を繰り返す。彼ら批評者紛いは誰のためにもならない、いな
い方がよい存在です。

なぜなら、批評とは人の良い部分を引き伸ばすものです。それに対し、彼らは無意味に
人の悪い部分をあげつらい、人の良い部分を押さえつけるだけのものに過ぎません。そん
なものに存在意義があるとすれば、反面教師としてだけでしょう。
批評という場において、彼らは害でしかありません。


 なお、批評者紛いが他人から批判された際の反応は、

○1、余裕ぶって笑ってごまかす
○2、粗探しをして揚げ足を取る
○3、根拠もなく否定する
○4、責任転嫁・責任放棄する
○5、独善的な綺麗事・理想論を口にする
○6、短絡的な結論を出し、規定事実のように語る
○7、相手の発言を自分に都合よく曲解する
○8、茶々を入れて混ぜっ返す
○9、レッテル張りなどの個人攻撃に走る
○10、自分だけは特別扱いし、ダブルスタンダードを主張する
○11、批判者同士で自己肯定しあう
○12、相手の言葉をオウム返しに言い返す
○13、筋の通らない屁理屈を言う
○14、とにかく虚勢を張る
○15、例外的なケースだと言い逃れる
○16、無関係な話題を持ち出す
○17、開き直る
○18、批判について理解できない
○19、ひたすら中傷する
○20、流そうとする

 概ねこの20パターンで、基本は自己肯定と他者否定。数字が小さいほど高頻度。とに
かく自分のプライドと優越感を守る事を最優先し、筋道立った反論をする事は極めて稀。

 彼らは他人に真っ向から向き合うという事を絶対にしません。そしてどんな些細
なものであれ己の非は絶対に認めません。それどころかあらゆる詭弁で自分の行動
を正当化するため、説得するのは至難の業です。
 また、ごくごく稀に実際に何か活動をする事もあるものの、総じて極めて低レベ
ルなものに過ぎません。

23

 

批評概論-感想と意見と批評の違いについて 4 (後半)

 投稿者:同人α編集部  投稿日:2015年 7月29日(水)16時50分43秒
  『批評概論-感想と意見と批評の違いについて』こんな記事がウェブサイトに有る。
内容は仮にも文芸同人に参加するものにとっては実に手痛い辛辣なものであるが、それだ
け的を射るものであった。

- 記 -

<目次>
● 最初に
1、感想とは?
2、意見とは?
3、批評とは? その1
4、批評とは? その2
5、批評と中傷の違いについて
● 最後に



 自分の方がいいものを作れる、と言うのは心のどこかでは敗北を認めているから。
 上か下かの目線しか持たないのは、自分への言い訳のため。
 主流や多数派と反対の事を言いたがるのは、自分に注目してほしいという願望の裏返し。
彼らは嘘と偽り、ごまかしでできているのです。

そんな人間にとって、批評する立場は実に居心地のいいスタンスです。そうして人を貶め
ている限りは、何のリスクもないままで優越感に浸る事ができるのですから。

普段の日常生活では抑圧されている分、安全と正当性を保証された状況では
エゴと感情のままに他者を攻撃し、快楽と安心と幼児的全能感を得ているのです。



 もちろん、こうした行いは周囲からの反感を買い非難されます。しかし、そんな時に登
場するのが批評という耳障りのいい大義名分です。

 これは批評だ、だから暴言を吐いても許されるのだ、むしろこれはお前の成長のためな
のだからありがたく傾注するがいい、という訳です。ひどい時には自分が本気で相手の役
に立っていると思い込む事さえあるようです。

 しかし、それは全て言い訳に過ぎません。少しでも他人の事を考えるなら、その相手を
傷つけ、神経を逆撫でする言葉を吐く必然性などどこにもありません。自分の欲望を誤魔
化して体面を取り繕っているだけなのです。

 自分自身からも目を背け、他人の欠点を嘲笑しては悦に入り、いざ己が批判される側に
回ると言い逃れと自己正当化を繰り返す。彼ら批評者紛いは誰のためにもならない、いな
い方がよい存在です。

なぜなら、批評とは人の良い部分を引き伸ばすものです。それに対し、彼らは無意味に
人の悪い部分をあげつらい、人の良い部分を押さえつけるだけのものに過ぎません。そん
なものに存在意義があるとすれば、反面教師としてだけでしょう。
批評という場において、彼らは害でしかありません。


 なお、批評者紛いが他人から批判された際の反応は、

○1、余裕ぶって笑ってごまかす
○2、粗探しをして揚げ足を取る
○3、根拠もなく否定する
○4、責任転嫁・責任放棄する
○5、独善的な綺麗事・理想論を口にする
○6、短絡的な結論を出し、規定事実のように語る
○7、相手の発言を自分に都合よく曲解する
○8、茶々を入れて混ぜっ返す
○9、レッテル張りなどの個人攻撃に走る
○10、自分だけは特別扱いし、ダブルスタンダードを主張する
○11、批判者同士で自己肯定しあう
○12、相手の言葉をオウム返しに言い返す
○13、筋の通らない屁理屈を言う
○14、とにかく虚勢を張る
○15、例外的なケースだと言い逃れる
○16、無関係な話題を持ち出す
○17、開き直る
○18、批判について理解できない
○19、ひたすら中傷する
○20、流そうとする

 概ねこの20パターンで、基本は自己肯定と他者否定。数字が小さいほど高頻度。とに
かく自分のプライドと優越感を守る事を最優先し、筋道立った反論をする事は極めて稀。

 彼らは他人に真っ向から向き合うという事を絶対にしません。そしてどんな些細
なものであれ己の非は絶対に認めません。それどころかあらゆる詭弁で自分の行動
を正当化するため、説得するのは至難の業です。
 また、ごくごく稀に実際に何か活動をする事もあるものの、総じて極めて低レベ
ルなものに過ぎません。

                            無側迫 著

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『紅楼夢』の艶冶と頽廃

 投稿者:同人α編集部  投稿日:2015年 4月11日(土)06時27分48秒
  岩波図書 2015.2    池沢夏樹


 時おり、新刊書の帯に推薦の辞を頼まれることがある。
 本の下半身に帯を巻くのはたぶん日本の出版界に特有の習慣で、これのない本はないくらいだ。日本の本には本体とカバーと帯の三つの表紙があると言っていい。
 数年前、『紅楼夢』の新訳の帯を依頼された。訳者は井波陵一さんで、校正刷りを読んでこれはいいと思った。この古典が周到な和訳と注釈のセットで干に入るのは僥倖である。
 そこで書いたのが-

 小説を読むことは旅に似ている。
 短篇ならば短い旅、長篇なら長い旅。
  しかし、『紅隣夢』となると、これはもう移住だ。
 清代の南京に住んで、少しずつ知人を増やし、習慣を知り、この都会の悦楽に溺れてゆ く。
 美女たちに出会うたびに顔と名前を覚える。
 林黛玉、薛宝叙(セツホウサ)、王煕鳳……その数、合わせて十二人。
 人呼んで金陵十二叙、輝く十二本のかんざし。
 こんなに女たちが生き生きとした都市を他に知らない。
 だからあなたはここから戻れなくなる。

 自分でそう書きながら、ここに行って戻れなくなることに警戒しながら、全七巻が出るごとに、ついつい読みふけった。
 『紅楼夢』は人を惑わせることで知られている。細部を研究する「紅学」という言葉があり、熱烈すぎるファンを指す「紅迷」という言葉も作られた。
 波瀾万丈のプロットで読ませる話ではない。一つの文明の最盛期に、その爛熟の態を微に入り細に入り細かに亘って記述する。そのフレームとして賈宝玉という若い詩人を中心に据えて、周囲に様々な性格の少女たちを配置する。賈家は?(これは原文にはないがあった方がわかりやすいですね)権勢を誇る家柄であり、縁戚関係でどこまでも広がる大家族であり、そこに日々の小さな出来事や、儀式・行事、それに事件などをきっかけに少年と少女達の思いの交差や行き違い、もっと年上の人々のふるまいなどが細密に描かれる。風俗と習慣を縦糸にし、個人一人ずつの思いを横糸にして成った織物のよう。それぞれの性格の書き分けがまことにうまい。
 細部の中にさらに細部が隠れている。この小説の世界ではみなが詩を詠む。いくつもの詩が披露されるけれど、その一行ごとに典拠があって、新訳はそれをつぶさに教えてくれる。この快感が一度入ったら出られなくなる迷路という印象に繋がり、「紅迷」という言葉に納得することになる。彼らにとって詩作とは博覧強記を要求する恐ろしく知的なゲームなのだ。
 『紅楼夢』は『金瓶梅』と違って性的な場面を露骨には描かないが、美少年と美少女たちだから、その間に性の牽引力が働かないはずはない。 主人公の賈宝玉は「十二、三歳」とされているけれど、読んだ印象はもう少し上、既に性に目覚めているように見える。欲望の対象は身辺に何人となく居るのだが、実事に及ぶことなく詩的な創造性に昇華されると言っていいだろう。清朝乾隆帝の時期の南京は文明の極相にあった。それはもう頽廃と言っていい。
 上流階級に属する少女たちには一人一人に身近な侍女が附いている。賈宝玉の筆頭侍女は「襲人」と呼ばれる。人を襲うとは穏やかでないが、これには「花気襲人知昼暖」という古詩に由来するものなのだ。花の香りに襲われてもう暖かい昼であることに気付く、というなんとも優雅な詩。こういう文学的なゲームが次から次へと広がる世界ではあるが、そこにはこの楽園がいつまでも続くはずはないという衰退の予感がつきまとう。
『紅楼夢』の魅力はここにあると言っていい。賑やかである分だけ寂しいのだ。

 賈宝玉が書いた詩を紹介しよう。即事詩というのはつまり日本でいう題詠ということだろう。テーマを決めて、約束事を守って詩を作る。
 ここで彼は春夏秋冬の夜を主題に七字八行の詩を四つ作っている。
そのうちの「夏夜即事」――

 倦繍佳人幽夢長
 金籠鸚鵡喚茶湯
 窓明麝月開宮鏡
 室靄檀雲品御香
 琥珀杯傾荷露滑
 玻璃檻納柳風涼
 水亭処処斉紈動
 簾捲朱楼罷?粧

 繍に倦みし佳人は  幽夢長く
 金籠の鸚鵡は    茶湯を喚ぶ
 窓は明るく麝月は  宮鏡を開き
 室は靄みて檀雲は  御香を品す
 琥珀の杯は     荷の露を傾けて滑らかに(図書 原文)
 玻璃の檻は     柳の風を納れて涼し   檻(おばしま)=手すり
 水亭処処に     斉紈動き        紈(白の練り絹) ⇔ 李紈(兄嫁)
 簾捲きて朱楼    ?粧罷む

  針仕事に疲れた佳人は     かそけき夢に誘い込まれ
 黄金色の鳥かごにいる鸚鵡は  「お茶を」と叫ぶ
 窓辺は明るく         麝月が宮中用の鏡を開き
                (図書原文  麝月は宮鏡を開き)
 檀雲が御用達の香を品定めして 室内には靄がたちこめる
 琥珀の坏を傾ければ      蓮葉上の露(のような極上酒)が滑り落ち
 (図書原文  琥珀の杯には)
 玻璃の檻には         柳枝を揺らす風が涼やかに吹き抜ける
 水際の亭では         あちこちで白の練り絹の団扇が動き
                    (図書原文 絹の団扇)
 簾が巻き上げられた紅楼では 今しも夜の化粧が終わったばかりだ

注「麝月」は明るい月の意。「檀雲」は白檀の香りが雲のように漂う意。なお、麝月と檀雲は宝玉の侍女の名、琥珀と玻璃はおばあさまの侍女の名でもある。「斉紈」は斉国で作られる紈(絹)。ここでは白の練り絹(絹製)の団扇の意。

 井波訳で優れているのは詩の扱いだ。漢字のままの原文と読み下し、さらに口語訳があって、行き届いた注がある。
 先立つ松枝茂夫の訳では詩は読み下しにルビがあるだけで、無学の者にはなかなか観賞というところまで行けなかった。
 こういう詩は一つの文明の衰退期にこそ現れるものかもしれない。既成のパーツの組合せなのだが、それがあまりに巧妙なので、解読する楽しみは感傷を素通りして知性に属することになる。丸谷才一が『新々百人一首』で試みた和歌の読み、あまりの深読みと言っていいかもしれないあの読みにつながるものがある。
 思えば中唐の李賀の詩はまだイメジャリーにピチピチとした輝きがあった。釣ったばかりの魚の鱗のようであった。しかし時間とともに言葉は疲れてゆく。賈宝玉の詩にはその疲れが見える。同時代の詩人としてここに猿枚の名を挙げておこうか。
 清の退廃は明末にもう始まっていたのかもしれない。中村真一郎が『雲のゆき来』で引いた袁中郎の五言古詩――

 石枕刻相思 穠香散幽帖
 清思如静水 紅従笑頬起
 背灯換溽衣 倩郎収璫珥
 銀筋撥香灰  写作天長字

 房事のあとの男女のありさまで、中村によれば、「男女は今、抱擁を解いたところなのだろう。男の眼ははじめて枕に刻んであった「相思」という文字に気付いた。今、自分が起き上った時に揺らせた帳からは濃い香りが発散する。激情の過ぎて行ったあとの心からは、清らかな愛の思いが水のように流れでる。
そして、こちらを覗いて笑みをつくった女の頬に、恥かしさからか赤みがさした。女は灯火を背にして、汗ばんだ寝間衣を着かえながら、男に耳かざりを取ってくれと頼むのだ。それから、女はこっちへやってきて、銀の火箸で香の灰のなかに、「いつまでも」と書いて見せる。……」。
 主人公賈宝玉を少年と設定することで『紅楼夢』はこの世界まで踏み込まないで済ませている。天下を取るよりは恋の相手を選ぶことに意を尽くし、詩を書くことに力を込める。いい時代だったのだ。

 付加的な、いかにも素人っぽい疑問を一つ。
 この訳ではセンテンスの多くが動詞の現在形で終わっている。「宝玉はのびのびした気分になれず、園内で物憂げにしており、表でバカ騒ぎするかと思えば、またボーツとしています」という風なのだ。スポーツ番組みたい。
 聞くところでは、中国語には時制(テンス)の概念がないという。アスペクトの表明として、終わったことを「了」で示し、経験を「過」で示すなどがあるのみ。
 それとこの新訳の現在形の多用の間には何か関係があるのだろうか? 中国語とはこういう感覚の言語なのか? やはり時制のないヘブライ語のことも思い出される。
                 (いけざわなつき・作家)

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批評概論-感想と意見と批評の違いについて 4 (前半)

 投稿者:同人α編集部  投稿日:2015年 4月 1日(水)09時33分38秒
   『批評概論-感想と意見と批評の違いについて』こんな記事がウェブサイトに有る。
内容は仮にも文芸同人に参加するものにとっては実に手痛い辛辣なものであるが、それだ
け的を射るものであった。

- 記 -

<目次>
● 最初に
1、感想とは?
2、意見とは?
3、批評とは? その1
4、批評とは? その2
5、批評と中傷の違いについて
● 最後に



5、批評と中傷の違いについて

 どんなジャンル、どんな分野においても、批評家気取りの人間は後を絶ちません。
 彼らの特徴としては、常に上からの視点でものを言う
他人の粗探ししかしない何事も否定から入る
自分からは決して動かない
暴言を吐く
相手を馬鹿にし侮辱する、など。

 中には自分の方がいいものを作れる、などと大言壮語する者もいます。上か下かの目線
しか持たない、常に他人の意見に反発して主流や多数派とは反対の事を言いたがる、など
というのも重要な点でしょう。
 彼らに共通して言えるのは、決して人の助けにはならないという事です。当たり前でし
ょう。彼らの目的は人の手助けなどではではなく、自己満足にこそあるのですから。

 ●2で軽く触れましたが、批評者と批評者紛いの最大の差は意見の有無にあります。批
評者は意見を出しますが、批評者紛いは決して意見を出しません。常に欠点の指摘だけを
行い、代案や改善策を出す事は何かと言い訳をして必ず拒むのです。

 その理由について、批評者紛いの中には「批評家が意見を放つなど筋違いだ」などと言
って逃げる者もいますが、それは大きな間違いです。意見と欠点の指摘は全く同じものな
のです。ベクトルがプラスとマイナスなだけで、他者に外的な影響を及ぼすという点につ
いては何も変わるところはありません。

 欠点を潰す事と、優れた部分を引き伸ばす事。欠点の指摘が前者に不可欠ならば、意見
は後者に不可欠。本来ならばどちらも行って然るべきなのです。

 にも関わらず、批評者もどきは前者ばかりで後者を行おうとはしません。なぜか?

 答えは一つしかありません。批判されるのが怖いからです。
 前述した通り、自分の意見を口に出すというのはリスクを伴う行動です。彼らにとって
それは耐え難い苦痛なのです。他人の粗探しはするが自分の粗探しはされたくない、いつ
だって自分を安全な側に置いておきたい。それが世に氾濫する「批評家」の本質です。他
人を批判する人間こそ、自分が批判される事を何よりも恐れているのです。

 しかし、彼らには的確な意見を放てる能力も批判に耐える自負心もありません。当然で
す。そんな実力があったら批評家紛いの事などしていません。


 よって、彼らは常に他人の粗探しに終始します。
建設的な事をするほどの能力はないし、
何かしても馬鹿にされるかもしれないから一切リスクは負いたくない
しかし自分の存在を誇示したい。となれば、他人の弱点という
わかりやすい攻撃目標に吸い寄せられるのは当然の帰結でしょう。

 そうした安易な思考回路の行き着く先は人の足を引っ張る事だけです。幼稚かつ無責任
な上昇志向や英雄願望の歪んだ表れとも言えます。

 現実と折り合いがつけられない人間がよく口にする、「自分は特別だ」「やればできる、
本当はこんなものじゃない」「自分は正当な評価がされていないだけだ」、そうした言い
訳の一つの形なのです。

 そんな彼らの行いは、批評でも批判でもなく非難であり中傷です。それが誰かの役に立
つ事はありませんし、何一つ生み出す事もありません。

2

 

批評概論-感想と意見と批評の違いについて 3

 投稿者:同人α編集部  投稿日:2015年 4月 1日(水)09時31分42秒
   『批評概論-感想と意見と批評の違いについて』こんな記事がウェブサイトに有る。
内容は仮にも文芸同人に参加するものにとっては実に手痛い辛辣なものであるが、それだ
け的を射るものであった。

- 記 -

<目次>
● 最初に
1、感想とは?
2、意見とは?
3、批評とは? その1
4、批評とは? その2

5、批評と中傷の違いについて
● 最後に



4、批評とは? その2-欠点の指摘


 批評者失格の者が最も好むのが、相手のミスや欠点を突く事です。
 リスクを背負わずとも能力がなくとも、欠点の指摘だけは誰にでもできるからです。相
手の弱い部分、難がある部分、些細な失敗を見つけ出し、さも大問題のように声高に非難
するだけでいいのですから。欠点の指摘というのは、本当に楽です。

 しかし、それだけで終わるのは無能です。それでは十中八九どこかで聞いたような一般
論にしかなりませんし、そして何より何の意味もないのです。

 例えば、短気な者に「短気なところが欠点だ」と言って、それで忍耐力がつくでしょう
か?
 気の弱い人間に、「お前は気が弱い」と言って、それで気が強くなるでしょうか?
 ありえません。仮に改善されたように見えたとしたら、それは本人の努力の結果でしょ
う。感想と同じで、指摘そのものは本質的なプラスにはならないのです。

 そもそもそんな風に言われて「よし、短気や気の弱いところを治すぞ!」と発奮する者
がいたら相当におめでたい人間です。普通はまず間違いなく怒り出すか反発するか、ある
いは落ち込むか萎縮するかでしょう。

 中にはそんな反応を相手の努力不足という言葉で片付けてしまう者もいますが、それこ
そ努力不足か想像力不足に他なりません。何がどうであれ、人の手助けになるどころか無
意味なストレスを与えているだけであり、自己満足の言い訳にはならないのですから。

 そもそも、欠点というものは本人も薄々気づいているし、そしてわかっていてもどうに
かなるものではありません。だからこそ欠点はそのまま残されているのです。そんな部分
を再度他人から指摘されたところで、所詮は問題を再認識させられただけに過ぎません。

 欠点の指摘だけをしたところで欠点は改善されません。指摘するだけでは感想と同レベ
ルであり、ほとんどの場合中傷と何ら変わらないものにまで成り下がります。何一つ相手
の役に立たないという点においては。
 欠点の指摘というのは、愚か者が必ず陥る罠なのです。


 なら、欠点の指摘はしない方がいいのでしょうか?
 否、指摘それ自体が悪いのではありません。指摘だけで終わってはならないということ
です。
 つまり、欠点を指摘するなら最低でも欠点を改善する手助けをするべきなのです。もち
ろん具体的な手法や方向性を提示する事が不可欠となります。その際には脅迫的ではなく
自発的行動に出るよう誘導するのが望ましいでしょう。

 そして、自分の難がある部分、問題のある部分を指摘されて気分のよい者はいません。
指摘に際しては可能な限りの配慮を払うべきなのです。でなければ無用な摩擦を増やし、
相手の反発を買って逆効果にさえなりかねません。

 もちろんこれらには責任感と能力と配慮が必要ですが、それが欠けている者は最初から
人の欠点に触れるべきではありません。まずは自分の欠点を直すべきです。
 欠点の指摘をするのはいいでしょう。しかし、指摘しかできない者は無能です。指摘だ
けをして何かを為したような気になるのは無能である上に愚かです。

 弱みや欠点、そして短所はどんな人間にだってあります。それを探り出しただけで満足
したり、さも致命的な欠陥のように言うのは浅はかです。ましてやこの手の粗探しという
のはあまりにも楽であるため、行えば行うほどに人格を腐らせ能力を低下させていきます。
人並みのプライドを持った人間ならば、くれぐれもそんな真似をするべきではありません。


 付け加えるなら、「欠点」は改善するべきですが、「問題」の解決に手を貸すべきでは
ないということでしょう。
 例えば勉強で行き詰まっている相手に、問題の答えそのものを教えるような真似は望ま
しくありません。手助けどころか逆に相手を堕落させるだけです。教えるとすれば解法で
あり、仮に答えを教えるのならば同時にその解き方も理解させるべきなのです。


 また、欠点・弱点と短所を取り違えている例も多々見受けられます。
 弱点は弱みであり、欠点は欠けた部分です。弱点を克服し、欠点を埋める事は必ずしも
不可能ではありません。

 しかし、短所はそうではありません。短所は克服できないし、してはならない部分です。
短所とは長所の裏返しであり、短所を消す事は長所を殺す事に繋がります。短所を下手に
変えようとすれば己の武器を損なうだけなのです。

 肉体的な話に例えるなら、筋肉質の巨漢はマラソンやスキージャンプには適していませ
んが格闘技やボディビルに適しています。小柄で細身の人間はその反対です。しかし、巨
漢はどうあがいても小柄にはなれませんし、逆もまた然りです。

 精神的にもこうした向き不向き、適性というものがあり、後天的に変える事は不可能で
す。それは人間の本質や原点に根付いたものなのです。これら固有の性質は見方によって
は欠点に見えるかもしれませんが、実際は代替不可能な個性であり持ち味なのです。
 欠点の指摘に際しては、短所と欠点の明確な区別をしなくてはなりません。これは絶対
です。


 これまで欠点について語ってきました。
 しかし結局のところ、欠点の改善というのは批評においては二の次に過ぎません。

 尋ねますが、欠点のない人間はいい人間でしょうか? 短所を持たない人間は他人から
好かれるでしょうか?
 答えは否です。そんな人間面白くもおかしくもありません。欠点のない人間、短所のな
い人間というのは、いてもいなくても変わらない人間です。

 最も他人から好かれ、慕われる人間というのは、大きな短所や欠点を持っていようとも、
それを上回る長所や魅力を持っている人間なのです。
 では、批評とはどうあるべきなのか?
 答えは一つしかありません。欠点の改善の対極の事を行えばいいのです。

 つまり、優れた部分の強化です。
 何が上手なのか。何が得意なのか。どんな適性があるのか。最も相応しい方向性は。そ
うした相手の秀でた部分を見極め、指摘し、さらに伸ばしていくことです。
 悪意的な言い方をするなら「鞭で尻を叩くより鼻先にニンジンをぶら下げて走らせろ」
という事になりますが、しかしこれには悪意ではなく善意がなくては不可能です。

 人の悪い部分、劣った部分ではなく、良い部分、優れた部分を第一に見る。
「どこが悪いか、何がつまらないか」と考える前に、「どこが良いか、どうすれば面白く
なるか」と考える。
 短所を矯正するよりも長所を引き伸ばす事を、欠点を潰すよりも本質を育てる事を優先
する。
 不得手を克服する前に、得手を見出す。
 即ち、物事をより良い方向へと導くこと。


 これが批評において最重要にして絶対不可欠の事柄です。つまり、批評とは教育と同じ
なのです。真に試されるのは、行われる側ではなく行う側だという点においても。
 そして、劣った人格の持ち主はいい教師とはなりえません。優れた者は人の優れた部分
を引き伸ばし、劣った者は人の劣った部分を見て満足する。自明の理です。



 批評についての考察は、主にここで終わります。
 以下は悪例についてとなります。

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