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 投稿者:     白金幸紀  投稿日:2010年12月26日(日)21時36分52秒
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  http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou

引用転載開始

命の親神は、自分の心に居ます

2010-12-12 11:48:01 | Weblog多くの人間は、自分が不幸だ・不運だと思い始めますと、自分自身を見詰めることから離れ、さも立派そうな他人の有料先生やパワースポット・スピ商品に注意が向き出します。
実は、これこそが本当の不幸の始まりなのです。
自分を離れて他に求める、自分を信じられない、”自分を見捨てる”ことで運命が悪化して行きます。必ず今の現状以下の状態に、年月を掛けて進みます。
自分の心に在る良心とは、内在神であり自分の命の親神(おやがみ)なのです。
この心の親神=内在神から離れますと、運気も生命力も必ず低下します。なぜなら自分の魂にエナジーを与えている元が、内在神だからです。

自分の心に神様を求める姿勢が、絶対的に必要です。
死ぬ時は、自分の心1つだけで行くのですから、余計なお荷物を信じては生けません。誰も同行してくれないことを認識しましょう。
もし教祖や教団の神仏が迎えに来ると聞かされても、本当にそれはウソです。悲しいほどの集金のための大ウソです。そんな話を真に受けていますと、いよいよ自分が死ぬ時は迷います。教団の邪霊の妨害がなければ、必ず自分の先祖霊が迎えに来ます。

産まれた時の入り口は、親という先祖から産まれて来たのです。死んだ時の出口も、家系の霊線を初期に通過します。

そして、死後の49日のバルドォ期間(http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/d/20090907)に、霊になった自分の視線で初めて見る、信じていた教祖や教団、有料先生の姿を見て驚愕することでしょう。それらは人間の姿をしていないことに気付くからです。
床をはう大蛇や、タヌキ親爺のような”形象”が座っている姿を見るでしょう。そんな物に、生前の自分は家族を犠牲にして、心身を捧げ、子供の時間と楽しむ金銭も無くしていた罪に心が痛みます。
このような後悔をしないために、今から自分の心の良心へと振り返れば大丈夫です。
生きている内に、そうしてみる気持ちに自分が成れる、なんとなく理解できるだけでも”素直さ”=親神の心が残っています。

ただ、生きる人間は弱いものです。
何か信じる形は、初期には必要です。キリストが好きならば、はりつけにされたキリスト像に祈り祈願するのでは無く、自分の心に居るキリストに感謝をすれば良いです。
その霊的反映は、地球に住む間は、”他を許す心”・”愛情を他に尽くす”などの反射が、自分の心中に産まれます。
本当は産まれるのではなく、既に自分の心の奥に内在していたキリストの意識を”思い出す”のが霊的真実です。
もし、南無妙法蓮華経という言葉が好きならば、他に向けて繰り返すのでは無く、自分の心に内在する釈迦の意識に向けて、
ナムミョウホウレンゲキョウ=”自分の心を華のように咲かせます” ”きっと咲かせて見せます”と、目の前の問題に立ち向かえば良いのです。自分の心の釈迦意識に、誓うことになります。
そうしますと日蓮のように、自分に振り向けられる剣刃も折れてしまうのです。「他のためへの”やる気”」とは、本当に強い物です。どんな魔物も切断します。(注意:この言葉を勧めている訳ではないですよ)
初期にはこんな感じで、内在する大いなる存在を意識すれば良いです。
しかし、こんな遠回りも不要な時代の波動なのです。
先祖霊への感謝供養を通じて人類の残存思念を癒し、内在する神様=良心が発露する時代が来ています。
人類から戦争を無くさせるのは、先祖霊への感謝供養による人類の遺伝子のククリ直しと、心に内在する神様へ感謝することなのです。
生かして頂いて ありがとう御座位ます

足らないと思い込むのは、まだ早い
2010-12-13 11:30:00 | Weblog今朝に感じた啓示は、これから何となく呼吸困難を感じる人間が増加するとのことでした。既に始まっているようです。

原因には、色んな事が関係するとのことでした。
1番の原因は、過換気症候群(かかんきしょうこうぐん)と呼ばれる精神的な不安感や、将来への心配から引き起こされる過呼吸(かこきゅう)です。
要は、無意識に呼吸が吸うばかりが過多になり、”吐く息”が疎かに成っているのです。
生物にとっては、酸素が猛毒である過去記事(http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/d/20101016
でも説明しましたが、生き物の進化は、酸素との戦いの産物でもあったわけです。
人体の根本的な仕組みとして、酸素過多は今でも障害と成るのです。善玉菌を殺すのも、酸化作用です。
水H2O=水素2個+酸素=スサノオであると記事(http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/d/20100530
で書きましたが、酸素(サンソ)のサは、殺(サツ)のサでもある感じです。酸素は、スサノオの荒御魂(あらみたま:魂の荒々しい働きの側面)の働きを意味します。

だから息苦しく感じても、慌てて余計に息を吸い込もうとしてはダメなのです。
1.リラックス~~を心がけて、吐く息を意識しましょう。やはり息を吐くには、腹式呼吸の習慣が大切です。普段からイスに座っている時も、自然で小さな腹式呼吸を心がけながら作業をすると良いです。
2.息が苦しい時は、両手でくぼみを作って、鼻と口を覆います。これにより吐いた息(二酸化炭素)を再呼吸することに成り過呼吸を抑えます。また温かい息は、安心感があるものです。これからの季節は、マスクは有効です。ウイルスを防御できなくても、過呼吸の対策には成ります。

本当は紙袋などを携帯して、苦しい時は口と鼻に袋を当ててスーハーするのが良いのですが、これでは他人から奇異に見えますね。
精神的な過呼吸が原因での呼吸困難の症状には、*息苦しさ*呼吸が浅く早くなる*胸部や心臓の圧迫感や痛み*動悸とめまい*手足と顔のシビレ感*ボーッとする意識*死の恐怖・・・などが有るようです。
これらの奥には、不安感からの自律神経の安定が低下しているからだと感じます。
これには、”生かして頂いて ありがとう御座位ます”を普段に感謝想起すること。
神界に共鳴している音、”アマテラスオホミカミ アマテラスオホミカミ、”の20音を、何回も想起するのも安定します。

また、春ウコン1回5粒を日に3回。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B003CF7YNQ/isehakusandou-22/ref=nosim
などの生姜系は、自律神経のバランスにも良い感じです。
ミヤリサン( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000FQUNAQ/isehakusandou-22/ref=nosim
などの乳酸菌系の副食は、腸の善玉菌を増やすことにより、脳に欠かせないセロトニンを増加させて自律神経の働きを良くする感じがします。
薬品のようなダイレクトに作用する合成物よりも、今の化学では関係が無いとされる食品を利用した方が、安全で長期的な効果があると私は感じます。

2番目の原因としては、太陽電磁波やオゾン層の破壊、陸地では地下の地磁気の減少と上昇という不安定が、地球の空気層に影響を与えている感じがします。
近年では、平地でも高山地帯のような酸欠状態が、気圧の変化から瞬間的にゲリラ的に起こっていると感じます。
また近年の空気には、大陸からの汚染黄砂や、何時までも消えずに広がる変な飛行機雲?が異常に多いです。
日本国土に住む人類の肺が心配です。
とくに若年層での、肺結核が激増しています。微熱とセキが継続する場合は、肺のレントゲンだけでも撮りましょう。早期発見が二次感染の拡大を防ぎ、治癒を早めます。
私は仕事の勤務パターンの関係により、1年間ほど坂道500mダッシュを中止してましたが、最近は再開してます。
やはり心身ともに、より軽く成りました。今は、ユックリ~内股意識走法(足の親指からカカトへの意識)に変えました。自律神経の安定には、軽度な運動が最善です。

だからお金を掛けなくても、白湯の摂取・適度な運動・感謝想起の徹底・感謝の先祖供養により、改善は起こります。頑張りましょう。
過呼吸のように、不足していると”思い込んでいる”物が、真相は逆に過剰すぎる弊害とは皮肉なものです。
自分が不幸だと思い込む人は、まだまだ見直しが必要なようですね。

(蒸留水は出来れば、これからの季節は40度ほどに温めて、ポットや保温水筒で保管して飲みましょう。体温ほどの白湯(さゆ)が最も吸収性が良いのは間違いないので、温めるのが良いでしょう。)

生かして頂いて ありがとう御座位ます


生霊あれこれ
2010-12-14 12:04:30 | Weblog読者を観ていますと、少ないですが生霊(いきりょう:生きる他人からの念)の霊障を受けている人がたまにいます。100人の不思議現象の原因を尋ねる人が居れば、その内の2名ぐらいの割合でしょうか。
まあ本当の霊障とは、それぐらい現実には少ないのです。98%の人が、今の自分の現状から来る問題です。
生霊には、厄介な特徴が幾つかあります。

相手が生きている人間ですから、毎日のように念が送られて来ると言うことです。

生霊を出す本人も無意識に念を出していますから、自分が恨む相手を思い出した時に生霊を出しています。生霊は、リアルタイムに動くのではなく、日中に出した念は空間に堆積しており、深夜か寝入りばなに干渉をするものです。
寝入りばなに金縛りなどを起こさせるのは、日中からずっと付いて来ていて、無防備に成る機会を待っていたとも言えます。執念深く、怨恨(えんこん)の生霊が多いです。
深夜に体を触られる現象や、朝に目が覚めると太もも(特に内側)に傷がついている現象は、異性からの色情の念の場合が多いです。

もし、心当たりがある人が居れば、その人の名前か、名前を知らない場合は人物をイメージしながら

「00さん(または、イメージ)を、生かして頂いて ありがとう御座位ます」と”形だけでも”感謝の言葉を思えば良いです。

呪詛(じゅそ)や生霊には、同じような害する気持ちで対応するのは愚かなのです。

それは相手のチャンネルに同調(どうちょう:合わせること)することに成り、より被害を受けることにも成りかねません。要は飛んでくるミサイルに対して、自分から受信電波を出して誘導することに成ってしまうのです。

自分から違う種類の電波(感謝の念)を出せば、相手はかく乱されます。

したがって有料先生が行うような除霊や祓いなどは逆効果であり、余計に霊障を受信する刻印を憑けることにも成ります。また、新たに先生の霊的垢に被爆するという二次被害が発生しています。生霊の問題が過ぎても、今度は有料のリピーターにするために、先生からの生霊が飛ばされます。

先生は表面では、「あなたの事を心配してましたよ~」と言いながら、霊的問題を相談者に新規で起こさせては相談料を搾取することを繰り返します。

先生自身も、これを無意識の自分の生霊でしているのです。
稼ぐためには、不幸な相談者が永遠に必要なのです。収入が減れば、自分で相談者を捏造しだします。これは、すべての教団にも言えます。正神の神意が本当に有るのならば、集金教団が大きく成ること自体が有り得ないのです。真(魔)逆です。

本当に他人を救えるのは、面会もせずに善意だけで無償で対応する天啓を受けて”いる”人物だけです。面会して起こす改善は、洗脳と駆け引きで簡単に出来る見せ掛けに過ぎません。

現実の社会でも、相手の怒りに対しては、静かに対応するような姿勢が大切です。相手の怒りに対して怒りで対応すれば、争いが大きく成るばかりです。生霊の世界もこれと同じなのです。

生霊を出している本人も、自分の良心(内在神)を痛める行為をしていますから運気は下がります。他人を恨んだ付けは、自分に必ず戻ります。

怒りの念に対しては、感謝の念が水を浴びせることになり、相手の怒りを鎮めることになります。

私が元気なのも、自分の良心に内在する天照太御神(アマテラスオホミカミ)と一体だからです。自分自身の霊体が鏡と成り、自分に来る物をそのまま相手に反射しているだけなのです。

私に感謝の気持ちが送られてくれば、その人には天照太御神に反射した感謝が帰ります。怒りの念ならば、鏡に怒りが反射して本人の所へと帰ることでしょう。

皆さんも、自分の心に”既に在る”良心の鏡(天照太御神)と、一体に成る生活を意識しましょう。そうしますと、すべてがよみがえり(黄泉返えり)ます。
自分の良心(天照太御神)に沿った生活が大切なのです。
生かして頂いて ありがとう御座位ます


健康あれこれ
2010-12-15 11:09:21 | Weblog金沢大学神経内科により平成16年に発表された論文によりますと、アルツハイマー病(老人性痴呆)には、ウコンに含まれるクルクミンが有効であると発見されています。
アルツハイマー病は、脳内で「アミロイドベータ(Aβ)」という脳内物質が線維状に結合して毒性を持つことにより、この繊維物質の付近にある脳神経の細胞から順番に死んでいくのが確認されています。これまでは、この繊維物質の広がりを止める決定的な治療法はないとされていました。
しかし、大学の研究チームはアミロイドベータ(Aβ)を含む溶液に、ウコンから抽出したクルクミン(カレーの黄色い成分)を加えることで、脳神経の線維化が止まることを発見しました。また、進行が止まるだけではなく、すでにアルツハイマー病により線維化が進行している脳細胞に対してウコンを投与したところ、なんと繊維物質が分解されたことを確認して発表しています。

したがって研究チームでは、老人ホームでのカレー食を勧めています。
現実にインドでは、痴呆症やアルツハイマー病が他国の数分の一という異常に少ない統計が出されております。
またインド人の知能の平均的な高さには定評があります。
知人のソフト会社の社長が言うには、日本へ出稼ぎに来ているインド人のシステムエンジニアのレベルの高さは凄いとのことでした。1つ説明すれば、10を認識するような感じであり、数字だけではなく語学の理解も早いとのことです。
日本では掛け算の九九は1桁ですが、インドでは2桁を小学校で習得するのが必須です。日本人の子供も毎朝カレーを食べれば、記憶力が増すかも知れませんね~。

問題は、「過ぎたるは及ばざるが如し」と言うように、ウコンの弊害を危惧する意見も存在します。肝臓に良い・悪いと意見が分かれます。
色々と調べて分かったことは、秋ウコンはクルクミンの量が春ウコンの数倍も多いのです。どうも弊害が指摘されているデータは、秋ウコンに多い感じがします。
春ウコンはクルクミンが少ない代わりに、体内の酸化(細胞には酸素は猛毒でしたね)を防ぐ成分が非常に多いのです。実は、若返りの研究とは、体内の酸化を防ぐ研究とも言われています。
つまり、春ウコン( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B003CF7YNQ/isehakusandou-22/ref=nosim
は、適度なクルクミン量と、抗酸化物質が多いのです。

ここで、春ウコンの研究サイト(http://www.haru-ukon.com/)を見ますと、ガン病はウイルス病ではないかと言う新しい視点が書かれています。
ウイルス病だから、体内の免疫を春ウコンで上げれば改善するというデータです。
このガン病=ウイルス病ならば、人から人への感染をするのか?と成りますが、ガンが嫌気性(けんきせい:酸素の無い環境)のウイルスだとすれば、空気感染はしません。生活環境や遺伝により、酸素の無い体内の細胞で発生するウイルスだと仮定すれば、色んなガン症状の説明が付く感じが確かにします。
では、問題は摂取量です。現時点での私の感じでは・・・
1:20歳以下は基本的に定期的なカレー食をすれば、春ウコンのサプリ食品は不要です。飲むとしても、1回1粒。日に3回。
2:現在、健康な成人は、1回2~3粒。日に3回。(これも毎日で無くて良いと思います。ただ免疫による色々な予防にはなります。)
3:現在、ガン病の人は、1回5粒(=1g)~8粒。日に3回。これで1日の摂取量は、3g~5gに成ります。(春ウコン研究会ではガン病の人に、1日3~6gの摂取を勧めています。)
ドイツの厳格な基準によるウコンの安全量は、日に1.5g~3gとされています。
以上は単なる目安ですので、個人で体重も病状も違いますから自己で判断してください。

サプリは食品に過ぎませんから、やはり大切なのは「感謝の磁気の蓄積」です。感謝の磁気が、健康から寿命、運気、白紙の未来を改善します。
感謝の先祖供養の実践により、色々な細部に渡る良い縁が生じます。感謝の磁気を産んで行きましょう。
人間は、良い思いを産み出す使命を、全員が持ちます。
特に最近は心配な国際情勢ですが、日本に密かに応援の神風が吹き始めています。弱く見えても、スルリと抜けるのは凄いことです。
これには、天皇陛下の四方拝(しほうはい:陛下は元旦だけではなく、日々四方に向かって感謝をされていると感じます)による平和への感謝と、皆さんの感謝磁気が働いていると感じます。来年の春3月ごろには、また節目が来るかも知れませんが、なんとか泳いで行くでしょう。

生かして頂いて ありがとう御座位ます

代理は不要です
2010-12-16 12:36:50 | Weblog人間関係で悩む人を観ていますと、自分が受け身で待っている人が多いのです。
受け身で待つ姿勢と言いますのは、いつも他人の出方を注視しています。だから他人の行動や発言に対して、過剰な「監視」をしがちです。
気楽な人にとっては、「それが何か?」「そんなことで悩んでいたの?」と言いたく成ることを、たまに言ってしまったりするので、余計にぶきみに思われて避けられる悪循環があります。
では、どうすれば良いのか?

1:他人に期待しないことです。
自分で楽しむ視点を育てることです。幼児を見ていましても、楽しそうに遊んでいる子には、他の子供が集まります。
これは、自分のカラに閉じこもれと言っているのでは無いですよ。何ごとも受身で待つ姿勢への注意です。
他人に期待しない分、自分からさり気ない気遣いを他人への行動ですることが大切です。

2:相手に気を使わせないこと。
「そんなことを気にする人ならば、なんか話しづらいな」と思われますと、やはり避けられます。人間は本能で、自分がリラックスしやすい方向へと進むものです。だから、気を使わなくても済む人へと、交流は流れます。
ただ問題は、受身で待つ人とは、変なプライドを持つ人が多いのです。
自分の事を、気楽で気遣いが不要な人物だと軽んじられるのも嫌な面があるのです。これには本人は、気付いていないかも知れません。
他人に気遣いをさせない配慮を、自分が心がけることが大切です。

3:家系の霊線を浄化する行為をすること。
表面上の会話や付き合いが関係ない面が在るのです。とにかく何か嫌な気を出していますと、他人からは避けられます。
先祖霊の守護が厚い人間には、自然な笑顔が出ます。親(先祖)に抱かれている幼子のように、安心感を漂わせています。
子供を観ましても、笑顔の多い子供には先祖の守護霊が強いことが多いです。この世の細かいことは、神霊以上に現実的な干渉ができます。

正神とは、個人の利害には不干渉なのです。魔物は、個人利益に干渉します。ただし、高金利が絶対条件です。後から起こる取立ては、非常に厳格に執行されてしまいます。それこそ何の情けも有りません。知らずに契約をしている人が多いのです。
これを解約するには、寄り代(短冊や位牌のこと)による「先祖の為」の感謝の3本供養が大切です。これの継続と実践次第です。
それと神へ、”生かされていることへの”感謝だけの参拝を行うことです。これで相殺(そうさい)がされます。

私が神力を発動するのは、公(おおやけ)な目的の時だけであり、そのタメには、それに付随する「他人に」干渉することが許されているだけです。
私個人のコノ世的な利益や幸運は、先祖霊の強力な守護のお陰です。神霊に頼んだことは、生まれてから1度もありません。
皆さんも忘れては生けない事は、他人には自分自身の先祖供養は絶対に出来ないということです。それはむしろ邪魔です。
それは、自分の代わりにトイレに行くことを他人へ金銭で頼み、”私をスッキリとさせて欲しい”ということと同じなのです。自分自身で排泄して空にしない限り、スッキリと安心することは有り得ないのです。スッキリとしているのは、金銭を得て自分でトイレを済ませた他人先生だけです。
自分の遺伝子(先祖霊)に干渉できるのは、本人だけなのが霊的真相です。

霊的な事で他人に依頼するとは、これとまったく同じぐらい滑稽(こっけい)なことを全員がしているのです。
ヒーリングもまったく同じです。自分に内在する神からの自家発電をしない限り、根本からの改善は無いのです。
他人からの電気を引き込みますと、+-を間違えて漏電事故を起こしています。元から破壊されるでしょう。
必要なモノはすべて、既に自分の中に在ります。マイペースで現状の中に感謝するべきことに気付ければ、絶対に大丈夫なのです。
生かして頂いて ありがとう御座位ます

今に感謝できれば大丈夫
2010-12-17 11:45:20 | Weblog会社などは、自分で嫌になって辞めてしまいますと、あっけないほどそれで終わりです。たった1日で冷酷な線引きがされます。
たまに数十年間も勤めた社員が自分から辞めますと、今の会社の状況を聞くために世間話をしながら私に電話で聞いてくることがあります。

ある人は、社内での待遇を不満に思われて辞めた先輩ですが、いまだに就職が決まっていません。
よく話を聞きますと、最初にショックを受けるのが、退職してすぐに失業手当を申請するために職安に行ったことのようでした。
まず地域のハローワークに行きますと、駐車場は満杯で止める場所も無いそうです。1時間も車列について待っていてもダメなので、近辺の有料駐車場に止めるそうです。

それから事務所の受付に行っても、とにかく順番の列。とにかく行けば、半日は簡単に時間が無くなるようです。周りにいる方々は、色々な年齢層な方々です。色んな職業経験者が一堂に会するわけですから、1つの会社の色しか知らない人間には違和感の小さなショックを受けるそうです。駐車代を数千円も自分で出して経験するわけです。
事務的に選別されて、数日後の半日をかけての説明会では、いかに自主退職が不利なのかを思い知るそうです。

倒産や会社都合の退職者は、翌月からすぐに給与の数割の手当が支給されるようです。長い人で1年間ほど頂けます。しかし、自主退職者は、数ヶ月後から少ない割合の手当しか出されないようです。しかも、職業訓練や色んなノルマを果たした上での支給のようです。
先輩も経験して初めて知った制度であり、自主退職の不利と、世間の厳しさを思い知られたようでした。
いまだに電話では、社長や同僚の悪口を言っていましたが、私にはラブコールにしか聞こえませんでした。
私は幸いにして、入社した最初が営業職でしたので、世間の仕組みの大体を人間模様を通じてリアルに疑似体験することが出来ました。
この経験が、読者との会話に生かされるとは、神様の仕組みを今さらながら感謝します。
社長の仕事とは、とにかく借金の責任を負うことなのです。

もう24時間365日、逃げることが許されない仕事です。どんなに豪邸に住もうが、高い給与であろうが、会社が倒産すれば全部無くすわけです。今の銀行の回収は絶対に甘くは無いです。どんな逃げ道も法的に潰されます。
今、この瞬間に線引きをすれば、借金と資産を相殺して赤字に成らない経営者は、日本に何人いるでしょうか?大半が設備投資や在庫などのために赤字に成ると思います。赤字に成れば、10万円のパート社員のほうがお金持ちなのです。

だから仕事での不満や悩みは、有り難い悩みなのです。
同僚が口を利いてくれないとか、色々と有るでしょう。しかし、それで生活が出来れば、本当に感謝するべきことなのです。
私は同じ業界で自殺した経営者を何人か知っています。面会したことが無かったですが、個人的に話せる縁(えん)がもし有れば、どうなったかを考えることがあります。
しかし、本人の生き方から来る縁とは、強いモノです。引力のように、行ってしまうものなのです。

ここで大切なのは、私たちは日々、いろいろな縁を今も産み出していると言うことです。

皆さんは過去からの反映や、憑依を心配されますが、それ以上に強い拘束力を持つのは、今の自分の生活から日々産み出される縁(えん:因縁とも言えます)なのです。悪因・善因と色々と在ります。

この積み重ねが、強い拘束力を未来に持ちます。だから大切にすべきは、「今」の自分の行動や生活なのです。
今をおろそかにして、過去や未来ばかりを心配する人が多いです。これでは生けません。灯台もと暗しなのです。
やはり大切なのは、現状へ感謝する視点を持ちながら、自分の良心(内在神)に従って生活をすることです。これで十分なのです。

もし出来れば、先祖を癒す供養行為もできれば最高です。すべてにムダは一切ありません。生きています。
生かして頂いて ありがとう御座位ます

本当の愛情は、後から気付きます
2010-12-18 11:50:40 | Weblog人様を導くとは、本当に深い能力が必要です。結局は、表層意識だけでの理屈や判断ではダメなのです。自分の心の真我(しんが。神我でもある)から来る、内在神の発露で下される神示が必要なのです。
相談者がAという問題を抱えているとします。

その答えは、Cだと啓示で分かっていても、相談者への返答はBだと厳格に指定されることも、たまには有ります。
相談者にBを体験させないと、その後にCに行けないのです。または、直接にCを教えると、そのCを直ぐに捨ててしまうか、「現時点での」相談者にとってCが嫌なので、Cを捨て去ってしまうことが起こるのです。結果としてです。

しかし、金を得るための欲心からの動物形象の教えならば、ほんの目先の”小さいC”を教えるのです。相談者は小さな感動と共に、大切な行くべき方向が狂います。そして、小さなCを求めるリピーターとして、金銭と人生を狂わされて行くことに成ります。
要は相談者にとっての本当の幸福は、有料先生には必要ないのです。必要なのは、目先の金だけです。逆に相談者に定期的に困りごとが発生して、再来することを必要としています。
だから相談者のタメにBだと返答できるのは、相談者に誤解されたり、当たらないと言われたり、嫌いだと思われることも覚悟できることが必要なのです。
そのためには、相談者が離れることも平気な状態の人間にしか言えません。もし、相談者から1回ナンボで金銭を貰えば、Bを人情的に言えなくなって行くものです。

これは実は、親子関係と似ています。

親は子供のためを思えばこそ、厳しいことを自分の子供に言います。そして、他人の子供には優しいものです。
小さい子供は、うちの親は私のことよりも他人の子供が好きなんだ、などと思うかもしれません。しかし子供が成長すれば、それは他人の子供には「自分の責任が無い」から優しいだけだったんだと分かります。
これに気付いた時には、親はもう世にいないかも知れません。
だから、本当の理解とは時間経過が必要とされるのです。神示とよく似ています。
目先の理解には、注意が必要です。

未来は完全に白紙です。
ただ、今の時点での本人の惰性(だせい:自分の習慣的な生活状態など)という方向性からの「推進力」が在ります。
だから改心や努力や正しい信仰力を持たない限り、今の自分の方向性へと流れて行きます。
神示とは、「今の時点」での本人の魂が持つ惰性の方向性や、過去生、返すべき霊的借金、家系の因縁、・・・あらゆるすべてを考慮した上で下されます。
その結果は、本当は「なんも言えね~」というのが正しい態度なのです。本人が産まれて来た意味まで考えますと、「せっかくの勉強の場」「昇華の場」をだいなしにさせかねないからです。
しかし、これでは本当に道に迷うことに成りかねませんので、明るい方向を指し示すことを神はします。そして、黙って霊的サポートをします。
見返りが不要なので、「してやってるよ~」などと言うことも不要なのです。

今から現状への感謝の磁気を置いて行けば、必ず自分にとっての最善へと進みます。
安心した境涯の先祖霊は、自分の子供たちのことを、あの世で何時も観ています。孫は可愛いものなのです。
このヒイキは、人類の子育ての本能として神も許しています。魂が転生のために家系の霊線を離れるまで、子孫を観ています。
このサポートを受信するアンテナが、ヨリシロ(ヒモロギ・位牌・短冊など)でもあります。
現実界でも携帯電話のアンテナが必要なのと同じです。聞くのは肉体の耳ですが、仕組みが存在したほうが受信精度が上がります。
「自分自身で行う」日々の感謝の先祖供養が、人生を改善させます。
生かして頂いて ありがとう御座位ます

何を恐れる必要があろうか
2010-12-19 11:34:15 | Weblog何かの心配事が有りますと、身も心もカチコチに硬くなってしまっています。何か見えないヒモに縛られた状態に霊的に成っています。
心が硬いと小さな刺激にも、とても影響されます。
硬いがゆえに、衝撃を吸収できずに心身の全体に響いてしまうのです。(天体の月も、表面が一層の硬い地層コーティングがされているために、一箇所への衝撃が月の全体を長時間も振動させます。釣り鐘のようにです。)
また、硬いがゆえに、進む方向も限定されがちです。
柔軟ならば臨機応変(りんきおうへん)な対応が自然にできるのですが、アタリマエな対応もできずにうずくまる状態にも成ります。
肉体が硬いのは、加齢とともに解くのは難しいですが、心の硬さは誰でも「生きている限り」は、いつでも柔軟にできます。
しかし、人が死にますと、自分が生きている時に蓄積した霊的磁気に引き合う世界へと引かれて行きます。
そして、あの世に入った時の心の硬さが、そのまま継続します。

嬉しい楽しい心の柔らかい魂の次元も在れば、生前の悩みに縛られたままの、硬い状態の心の魂の次元も在ります。
この世「だけ」は、クルクルと物事が簡単に変化しすぎる世界ですが、他の次元では変化が起こらない世界なのです。
他の次元での魂の硬さを、唯一解かす(とかす:熔かす)ことができるのは、この世の次元からの干渉だけです。
今に生きる人間が、感謝の思いと三本線香(三本は三界への供養です:三界、さんがい。三千世界。つまり全ての次元を意味します)の火により、柔らかく解放させてあげることが可能です。
また、その反射を受けて、自分の心も生きながらに柔らかくすることが可能なのです。

もともと心には、硬さや柔らかさなどは存在しない幻なのです。
本当の裏話を言えば、人間は悟ったから全員が産まれているのです。
だからこそ、神様(内在神)と共に心身に同居するという、他の次元では有り得ない恩寵(おんちょう:プレゼント)が起こります。
つまり、精神的に求めるモノは、すでに達成してしまっています。
それを産まれた時点で記憶を0にして、再度、自分で歩く登山に挑戦しています。
つまり、この世で悟るとは=思い出す、に過ぎないのです。生きている間に何回思い出すか(悟ったか)は、まったく大したことでは無いのです。
それよりも限定時間(人生)に、どれだけ良心(内在神)を発露させる「行為」をしたのか?が大問題であり命題なのです。
だから死にますと目が覚めて、悟った状態で自分の今生を振り返ります。
すると、自分自身が許せなく、恥ずかしく、申し訳なく・・・成り、魂が硬く成ってしまう人が多いのです。そして、自ら引かれる世界へと望んで進みます。
自分自身を裁くのは、本当の自分なのです。
だから一番に恐れ警戒すべきは、自分の良心です。いつも見ているし、ウソが通じないし、この世の自分を守ってもいてくれます。
生かして頂いて ありがとう御座位ます、と常に生死に対して感謝をすれば、いったい何を恐れる必要がありますか?
貧乏ですか?仕事ですか?異性ですか?・・・これらは、生きているからこそのオプションに過ぎません。必ず消え去って行くものです。
頑張って生きましょう。
生かして頂いて ありがとう御座位ます

自分の雰囲気を大切に
2010-12-20 11:46:11 | Weblogあの世では、この世で過ごした時の個性は段々と消えて行きます。この世での個性、つまり人種や性別や言語・・・は、魂の浄化と共に消えます。
しかし、この世に再度、転生(てんせい:生まれ変わること)しますと、地球という舞台に蓄積されている、過去生の自分が「残した」霊的磁気を再吸収することに成ると感じます。
まるで、この世の空気を吸うごとに、過去生の自分が残した癖(くせ)を再吸収する感じです。
浦島太郎が龍宮界から現実界へ戻った時に、玉手箱を開けた時に出てきた白い煙を吸い込みますと、いきなり老人へと老け込んだ記述があります。
これの霊的真理は、他次元から現実界へ来た時に、この世の空気を吸うことで、魂が持つ本来の個性が現れる意味を表現したと感じます。だから赤子の出産時における、初めての一呼吸は特に大切だと思います。
考えて見ますと、空気とは不思議なモノです。
場所ごとに、明らかに空気の個性が在ります。科学では空気の成分が明らかにされていますが、空気に在る独特な”雰囲気”(ふん息)とは、不思議なモノです。
やはり空気には、その場に積滞する霊的磁気を含んでいると感じます。
空気には、水分が含まれています。大げさに言えば、私たちは水の中で暮らしているとも言えます。
この世は、厚い厚い空気層に保護された深海(しんかい:神界)とも言えます。
この世を真の神界にするも、地獄にするも、生きる人間次第なのです。受け身のままで、神に誘導されるのでは決してありません。これは、ある意味では恐い事です。
私たち個人の人生も、これと同じです。
自分で歩こうと「する」姿勢が、絶対的に必要なのです。

地球のような空気層とは、見える範囲の宇宙には存在しない、非常に稀有で特殊な環境です。
まさに神の意志が働いているとしか思えません。自然の偶然で発生できるならば、もっと多くの同じ環境の星が多発していることでしょう。
このことの意味を、人間は思い知らなければ生けないと私は思います。
人類の一人一人が地球上において、今の自分が”生かされている”現状への感謝の磁気を発生させることが、世間の雰囲気と地球環境を改善していくと感じます。
人間は、雰囲気という空気に対する高性能な空気清浄機かも知れませんね。
生かして頂いて ありがとう御座位ます

自分自”神”を信じれば道は開く
2010-12-21 10:57:55 | Weblogもっと自分を信じることが大切です。自分が持つ「他への思いやりの気持ち」が、良心(内在神)であり神性です。
自分が信じられ無い人は、自分から離れ、他人の霊的磁気に照らされる行為(浄霊・ヒーリング・霊的施術など)を求めます。
しかし、これこそ他人が持つ霊的垢を、自分の身体・霊体に塗りつける行為なのです。
霊眼では、本人以外の色がマダラに付着しています。本当に汚物です。
人間の体から出るモノとは、本人に不要なモノが排出されるのです。大便・小便・目クソ・鼻ク・・・ろくなモノは無いです。
しかも、1回ナンボで金銭と交換で、本当の神性が発露して出されることは絶対に無いです。そんな安っぽい神気など存在しません。
そんな行為をする時点で、その先生は無知であり、愚かな罪を犯しています。無知の罪です。
相談者の霊体は汚され、肉体が持つ免疫力と運気が落ちて行きます。時間経過と共に、自分の健康と現状で思い知ることに成ります。

これを浄化するには、自分のオリジナル霊体に戻すことです。自分の心の良心(内在神)と、先祖霊を信じることです。これが本当の信仰です。
白湯(さゆ:水を煮沸してから体温まで冷ました御湯)を飲料し、縁ある先祖に感謝することです。
遺伝子の波動的にも、先祖に感謝することは、自分の肉体を最も効率良く再生させます。
なんせ、自分自身が先祖を通じて現実界に産まれているのですよ。無から有が生じる奇跡が起こったのです。
これを信じずに、あなたは何を信じるのか?肉体が在ることは、見た目にも見える奇跡です。

自分が他人へ出す愛情や思いやりの「行為」こそが、目に見える神性の発露なのです。
自分の心の内在神と先祖霊を信じる人間は、最も霊的な守護を受けることができます。
大自然の精霊が本当に鎮まる神社に参拝しましても、そのような人間には精霊も感応することが可能なのです。
自分のことがダメな人間だと悩む前に、自分が存在していることが素晴らしい事だと言うことに気付いて欲しいと思います。
多くの先祖霊たちの結晶体です。
悩む人を観ますと、モッタイナイなと私は思っています。生きているだけで大成功なのに、上を見れば切りがありません。他人との比較という幻想に落ちているだけです。
生きているだけでも成功ですから、後はスルことナスことがプラスなのです。
自分自身のことを信じて、先祖に感謝する人がケナゲに頑張っていれば、先祖霊と神様は本当に陰から助けてくれます。私も同じ思いでいます。
どんな現状でも、”それでも生かされていること”に感謝をすれば、再生が始まります。
自分が出来る目の前のことをして行きましょう。
生かして頂いて ありがとう御座位ます

空気は神の産物
2010-12-22 10:55:55 | Weblog「この世に再度、転生(てんせい:生まれ変わること)をしますと、地球という舞台に蓄積されている、過去生の自分が「残した」霊的磁気を再吸収することに成ると感じます。この世の空気を吸うごとに、過去生の自分が残した癖(くせ)を再吸収する感じです。
浦島太郎が龍宮界から現実界へ戻った時に、玉手箱を開けた時に出てきた白い煙を吸い込みますと、いきなり老人へと老け込んだ記述があります。
これの霊的真理は、他次元から現実界へ来た時に、この世の空気を吸うことで、魂が持つ本来の個性が現れる意味を表現したと感じます。」(http://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/956ade9739b0e25146ab221f8f081e3e

これの続きですが、子供の頃は純真ですが、成長する(=呼吸を重ねる)ごとに自我(じが:われよしの気持ち)が大きくなるのは、呼吸をした期間と関係すると考えますと面白いです。呼吸するごとに、純真さが隠れて行くのです。
呼吸と言うよりも、空気の中に含まれている過去生の自分の魂が残した霊的磁気を吸い込むことが、今の自分に影響をするのです。
しかし、これは影響であって、あくまでも今の自分の心が空間に”新たに”残している思いが大切です。この新たな思いも、地球の空気(磁場)に残って行くのです。
過去:今=1:9、ぐらいの影響度かなと感じます。しかし、占術や有料先生に依存しますと、この比率が人によっては6:4ぐらいに逆転しているのを感じます。過去に縛られるのです。同じようなパターンに拘束される人生を歩みます。
これが悪質な集金教団に捕まりますと、比率が9:1ぐらいに成ります。まさに操り人形のようなロボット人間にされます。自分自身で「今」を生きることが出来ずに、過去の死んだ教えや習慣に縛られます。
呼吸と言うのは肉体的にも興味深いです。熟練した高齢のヨガ行者などは、とても呼吸が遅く成ります。数分間に1回の呼吸の状態もあります。
古神道にも、「息吹長生きの術」(いぶきながいきのじゅつ)というのがありまして、腹式呼吸でとにかくユックリとした息をしながら”アマテラスオホミカミ アマテラスオホミカミ”の2回反復を、作業しながらでも意識します。寿命が延びるのです。
呼吸法のどんな方法も、”吐く息”に時間を掛けることが共通しています。
長息は長命、短息は短命とはよく言われています。
また、人間が一生の間に打つ脈拍の回数が肉体的に決まっており、怒ったり・悩んだり・悲しみますと脈拍が速くなり、呼吸も短くなるために寿命が縮むとも言われます。やはり怒りやすい人は、いろんな意味で損をするようです。
しかしこれも、「息吹長生きの術」を実践すれば改善します。脈拍が速くても、長息(ながいき:長生き)の呼吸を意識すれば、長命に成ります。

同じ人生ならば、怒るよりも笑って生きたいものですね。
自分の出来ることを懸命にしていれば、後は流れに任せていれば良いです。どんな状況でも感謝の視点を忘れなければ、災難は早々に去ります。
逆に言えば、自分が出来ることをしていないから、本当の自分が許してくれないので悩むとも言えます。
本当の自分(良心・内在神)と和解する生活をしていれば、真の意味で幸福な生活ができます。
今の現状へ感謝することから始めましょう。
生かして頂いて ありがとう御座位ます

分からないからこそ努力できる
2010-12-23 11:09:55 | Weblog天皇陛下が77歳の御誕生日を御迎えになられました。今の日本には一番に欠かせない人物です。
私は思想的なこだわりは無く、政治にも疎(うと)いのですが、霊的な視点で観て天皇陛下を非常に尊敬しています。
今の天皇陛下からは、まさに神界の匂いがします。とても懐かしい匂いです。このような御方が、反対勢力が居る日本の中でも、日本の象徴として存在するとは奇跡です。
歴代天皇の中でも今の天皇陛下は、神界での御魂(みたま)の位が高いエナジーが転生されています。ここ千年間でも、10人の中に入るぐらいの高位だと感じます。
私の神示でも示されるのは、とにかく宮中での神事を徹底して真面目にされているようです。近代の天皇の中では、一番に愚直(ぐちょく)なまでに真面目だと感じます。このことは後年になれば、元側近からのエピソードとして色々と開示されることでしょう。

なぜ陛下が、ここまで神事に真面目なのか?それは、神様のことが分からないからです。
分からないからこそ、真面目に尽くすのです。それは、国家と国民のタメだと言う思いからです。
”神が分からない”とは、とても大切な態度なのです。人間が見切れる神とは、それは神では無いのです。人間が会話できる存在は、神ではなく、人間以下だと言うことです。その大半は、欲心が変化した動物形象です。
もし陛下に対して、「神とは何ですか?」と質問をすれば、とてもお困りになられるでしょう。
その理由は、神について説明ができないし、口にするのも畏れ多くて嫌な感じがするからです。神道には、”言あげせず”という、暗黙のルールが古来から在るのです。
”言あげ”つまり、神を説明したり、押し付けたり、宣伝することはしないから、「受け取り手」が自分で判断して欲しいという潔(いさぎよ)さが在るのです。個人の自主性と神縁に任せるわけです。

宣伝して非常な営業努力をする集金教団が多い時代でも、伊勢神宮は黙ったままで自然と参拝者数の記録更新中です。
全国の氏神も、再生と掃除が進んでいます。
まだまだ、日本には大自然の精霊たちが現存している証拠です。
戦争や階級差別で苦労をした人間は、人間は平等だという理念のもとで色々な考えが在るようです。
その気持も分かりますが、やはり役割分担というものが人間界には有ります。
2千年以上も継続して国家の国魂(くにたま:国土の精霊)へ、国民を代表して感謝をする役職である「天皇」という存在をもし無くせば、霊的には大変な事態に国は必ず成ります。
そんな非科学的なことは、やってみないと分からないではダメなのです。そんな冒険を試させては絶対にダメです。
天皇の権威が低下しますと、日本の戦国時代を見ても、現代の大統領制にしても、強い者勝ちの騒乱が水面下で必ず発生します。

私の感応では、天皇陛下はロックフェラーやロスチャイルドなどの世界的な組織とも友好を持たれていると感じます。
陛下の内心は、自分を犠牲にしてでも国家と国民の存続のために友好されていると感じます。今までの日本の安定は、近代2代の天皇陛下による隠れた水面下での外交努力のお陰だと本当に感じています。
平成の時代が始まった年に、伊勢神宮が保有する田んぼにおいて、「イセヒカリ」と言う新種のお米が発見されています。
何十年もコシヒカリを植えていて、突然に産まれたのです。
それも台風通過で、神田(しんでん)の稲が全部倒れた中に立っていたのです。最新科学でも、遺伝子組み換えでの品種改良は難しいのです。
新しい天皇が即位する年に、伊勢神宮で新種の稲が発見されることが何回か起こっています。この前回は、内宮の正殿の御垣内で発見されていたと思います。
まさに天照太御神が、天孫(てんそん:神様のまご)が誕生した年に、”孫の印”として新種のお米をプレゼントされているのです。
お米を太陽神から授かった今の天皇陛下が長生きされることを、心から思います。

生かして頂いて ありがとう御座位ます

工夫すれば何とか成ります
2010-12-24 10:16:37 | Weblog昨日は休日でもあり、家族と早めのクリスマスの夕食をしました。日本人の良さであり、強みでもあるのですが、仏教(お彼岸の行事など)であろうがキリスト教であろうが、何でも柔軟に迎合(げいごう:受け入れること)することが出来ます。
これは良い意味では、宗教の枠(わく)に縛られない、すべての神性は”一つ”であると言う真理を本能で知っているからかも知れません。
ただ、私としては、どの宗教の記念日にも共通すると感じるのは、太陽の記念日だと言うことです。
昨日の23日は特に、冬至(とうじ:この日を境に昼間が長くなっていきます)が明けて新生した、太陽の誕生日でした。
これを23日から3日間を掛けて、古代から祝って来たのです。クリスマスも、冬至の明けを祝う行事とキリスト生誕が融合されています。

クリスマスと言えば、シャンパンが飲まれるイメージがあります。昨日は家族が調達してきた、フランス産のシャンパンを飲みました。
シャンパンなどは、ワインに化学合成の炭酸をぶち込んだ近代の飲み物だろうという、無知な認識で一口目を飲みました。
すると、自然な素材が持つ良い力を感じましたので「あれ?」と思いました。これは意外な感じがしたので、シャンパンについて少し調べて見ました。勉強になりました。
本当のシャンパンとは、フランスのシャンパーニュ地域だけで生産される製法であり、ブドウの発泡酒です。
だからあの炭酸は、自然の発酵を管理した上で発生できる貴重な泡のようです。だから、在庫できる期間も限定される、貴重で高価な飲み物だなと思いました。
約2000年前のローマ人は、すでに普通のワイン酒では満足せずに、シャンパンを飲んでいた文献があるようです。
シャンパンの歴史を知って思い浮かんだことは、アメリカで産まれたコーラ飲料のことでした。
世界中でコーラが爆発的に飲まれ始めたのは、西洋人の中にあるシャンパンへの憧れがあったのではないかと言うことでした。
庶民の知恵と工夫が産み出した、安価な擬似シャンパンです。

家族に、「ところで、このシャンパンは何処で買ったの?」と聞きますと、大手のスーパーの玄関口に山積みされた、円高還元セールで非常に安価だったと言うのです。これにも驚きました。円高のパワーと大手流通の努力とは凄いものです。
やはり、この世は工夫と、情報にアンテナを張る努力をしていれば、”なんとか成る”し”楽しむことも出来る”世界だなと思いました。
引きこもっていても閉ざされたままですから、自ら挑戦することをしましょう。
必ず良い機会が”在り”ます。
それを見逃さない、気付けるためにも、先祖に感謝をする行為は大切なのです。自分が与えたモノが、いつか自分自身に必ず還ります。
生かして頂いて ありがとう御座位ます

自身を邪魔するのは自分です
2010-12-25 12:10:07 | Weblog人間というものは、人生の内の約三分の一を寝ています。
そして、残りの人生の内の大半を、脳内での葛藤や悩み、思考に費やしています。
来もしない不幸を心配しては、怯(おび)えてもいます。
自分が無心で居られる時間とは、一日の内にどれぐらい有るでしょうか?
懸命に仕事をしていれば、余計なことは考えないものです。
家に引きこもっていれば、不安や不満に悩んでいる時間が多すぎて、何もしていないのに疲(憑)れても行きます。
不思議ですね。じっとしている方が疲れて病弱に成るとは。

要は、人間とは自分の思考による漏電に負けてしまうのです。一番の敵は他人では無く、自分自身による”嫌なことを想像する”という漏電なのです。
小さい子供が母親に嫌なことを言ったとしても、”あらあら”と言って愛情で包むことが出来ます。
しかし、相手が他人の成人ならば、相手からの刺激を受け取ってしまい、その後も気になって影響を受けて漏電が始まります。
もし他人からの嫌な刺激を受けたとしても、そのことで自分の非があれば反省はするが、絶対に脳内の漏電はしないと普段から”自分に誓っていれば”、その人の人生はどうなるでしょうか?
その人の人生は改善して行きます。そして、自分の希望を叶える「実現力」が増して行きます。

要は、自分の思考の漏電を防止できれば、人生が改善して運命も変わります。
では、どうすれば良いのか?
漏電する以前に、感謝の磁気を発生する行為をして行くのです。先取自己防衛(せんしゅじこぼうえい)です。
悩む時間を、自分自身に与えないのです。
これには、感謝想起”生かして頂いて ありがとう御座位ます”と繰り返し思うのが最善です。他人への何かの行為も伴えば最高ですね。
どんな悩みも、生死の視点から見れば霧散(むさん)します。

自分が元気な内から、もし”生死の視点”(生かされていることへの感謝)を持って生活ができれば、見える景色はガラリと変わります。
嫌なことも嬉しいことも、有り難いことだらけだと心から思えます。
これは洗脳や思い込みでは無く、本当に心から”分かる”のです。
痛い思いを体験せずとも、生死の視点から物事を見て感謝ができれば、今の現状を”より楽しむ”ことが可能です。
人生をもっと楽しめるように成りましょう。
生かして頂いて ありがとう御座位ます

形あるものは無くなるからこそ楽しむ
2010-12-26 11:16:17 | Weblog心配しているよりも、当たって挑戦して見よう“ぐらい”が良いです(案ずるよりも産むが易し)。
私たちは日々、死に向かって歩いているのに、何を保持しようとして心配するのでしょうか?
人間は深い意味では、この世の何物(人・金・仕事・地位・健康・・・)も保持することはできません。自分が持ったと錯覚しているだけです。
または、それを“持とうとして”焦り悩んでいます。
人間が“持つ”ことができるのは、「経験」だけです。魂は、経験を求めて現実界に来ています。
だから、どんな経験も霊的な真の財産と成り得ます。
何か辛い経験をすれば、“ええ、修行の経験をさせてくれるねえ”と、嫌味でも良いから自分の心に言って“置けば”良いです。
とにかく最初は怒っていても良いですから、最終的には暗く嫌な経験として自分の心(内在神)に“刻ま無い”ことが重要なのです。
この練習ができるかどうか?実践するかどうか?が、その人の幸運力を決めて行きます。運命が変わります。
挑戦をして見て失敗をすれば、その過程を経験したこと自体が大成功です。良い思い出に成り、あの世での財産と成ります。
何もせずに漏電していたよりも、価値のある経験をしたのです。
ただ、どんな挑戦も、自分の良心(内在神)からの視点を“持ちながら”の経験でないとダメです。あの世の財産には成らないのです。
だから、“生かして頂いて ありがとう御座位ます”の視点で色んなことを経験して行けば、絶対に大丈夫なのです。
生きている間も必ず改善して行くし、あの世でも歓喜の世界へと引きつけられます。
この世に居て良し、あの世にも逝って良しの、大安心と成れます。

この世でのどんな経験も、“生きているだけでも有り難い”という究極の下から目線で見て行きますと、この世が輝いて“いる”のが分かります。
ゴッホの絵が燃えるように揺れているのは、この世の霊的な輝き“絶対歓喜”(ぜったいかんき:この世のすべては、根源神の愛情磁気の粒子で構成されています。それは喜び勇む歓喜の波動で揺れています)を垣間観ていたからです。
彼の悲劇は、たまに目撃する絶対歓喜の景色と、現実生活のギャップに苦しんだのです。
彼の心境が“清濁併せ呑む”(せいだくあわせのむ:良いことも悪いことも、愛情で受け入れること)までのキャパシティが在れば、現実の“生活の中にも”絶対歓喜を観ることが出来たのですが、彼には出来なかった。そして、苦しんで逝きました。

創造神を心に預かる人間は、どんな苦境の中にも「笑い」を見ることが可能です。
自分が笑いを見ようとしていないだけです。
だから、どんなことも静かな微笑み(=内在神)と共に、経験をして行きましょう。
どんな経験もムダでは無いし、自分で財産に変えることが可能なのです。

生かして頂いて ありがとう御座位ます

引用転載終了

GO!、。、。、。、。
 
 
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